懐かしい風景を求めて
懐かしいもの、昭和なもの大好きな変わり者です。 旅行に写真にドライブに野球に酒に多趣味な管理人が気ままに書いてます。
プロフィール

ねじまき

Author:ねじまき
中高時代は鉄道好き、大学以降は旅行好き、社会人でカメラに目覚め、ここ数年でまた鉄道熱が復活した管理人です。
表題の通りノスタルジックな風景が大好きで、廃墟・ホーロー看板・木造駅舎・商店街・坂道・酷道などをこよなく愛す変な人です。



閲覧ありがとうございます!



アクセスランキング

[ジャンルランキング]
旅行
148位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
17位
アクセスランキングを見る>>



最新記事



最新コメント



カテゴリ



最新トラックバック



月別アーカイブ



フリーエリア

沖縄 旅行情報
沖縄旅行情報



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



2015.6 ぐるり紀勢線 第16回 新鹿駅と大泊駅
P6201791.jpg

どんより重い雲に覆われ続けている旅の初日。
新鹿の町、そしてその先には新鹿湾が望めます。

思えば陽が出たのは早朝の多気駅のあたりと、尾鷲市内散策中だけですね…。

P6201793.jpg

島式ホーム、1面2線の新鹿駅に入線。
ここでは対向列車待ちで7分間停車します。18:47着、18:54発。

P6201796.jpg

新鹿駅(三重県熊野市新鹿町)
1956年、西から伸びてきた紀勢西線の終着駅として開業。
この新鹿と三木里との間が最後に開通し、紀勢本線となったのが1959年。
駅舎は開業当初からのもので、こちらも木造駅舎なのかどうかよく分かりません…。

P6201801.jpg

新鹿は海がとても綺麗で、新鹿海水浴場は「日本一きれい」と謳われています。
水質は三重県最高ランクだとか。
残念ながら駅前から海は見えないんですけどね。

P6201805.jpg

1983年に無人化。
2015年度、一日平均乗車人員は56人。

毎年8月17日に熊野市で開催される熊野大花火大会の当日のみ、新鹿駅に駅員が
臨時配置されて窓口業務を行うそうです。
ここからも大勢の人々が花火を見に行くんですね。

P6201807.jpg

以前は海水浴シーズンだけ特急南紀の一部が臨時停車していたんですけど、
いつの間にかそれも無くなってしまい、今は普通列車しか停車しません。

そんな新鹿駅での7分間でした。
構内踏切を渡り、列車に戻ります。。。

P6201814.jpg

続いては、大泊駅で途中下車。
大泊 18:01着。

1面1線のホームからは太平洋セメントの設備が目を惹きます。

P6201815.jpg

ホームから駅舎へのアクセス。
以前はホームは島式で交換可能駅だったようです。
写真の引き込み線の更に手前側に線路があり、駅舎への道も構内踏切でした。

P6201817.jpg

大泊駅(三重県熊野市大泊町)
1956年開業。これまたこの日に訪問してきた各駅とよく似た平屋建ての駅舎ですね。
開業当初からの駅舎がまだ現役、というのも同じです。

P6201821.jpg

2015年度、一日平均乗車人員はわずか7人。

P6201823.jpg

大泊は、熊野市街地から名勝・鬼ヶ城の半島を挟んだ東側、小さな湾の入江にある
小さな集落で、駅はその山側に位置しています。

P6201825.jpg

今度はまた逆方向の18:23発の列車に乗る予定なので22分間しかありませんが、
近いのでちょっと海を見に行きました。

P6201826.jpg

曇天、夕方の大泊海水浴場にて。
正面の半島が奇勝・鬼ヶ城ですね。半島の先っちょが尖ってるの、分かりますかね?

熊野市街地前にも七里御浜の海岸がずっと続いていますが、あちらは波が荒く危険
ということで遊泳禁止。ですのでこの大泊海水浴場の出番、ということになる訳ですね。
あとはさっきの新鹿海水浴場も熊野市内ですね。

P6201827.jpg

海を見るだけみたら、また駅へと戻りましょう。
大泊集落の奥に見えるのは、紀勢自動車道の延伸部として開通した熊野尾鷲道路。
高規格道路でここまで来れてしまうんですからねぇ、ますます鉄道は不利になってるなぁ、
と思うばかりです。。。



続く


スポンサーサイト
2015.6 ぐるり紀勢線 第15回 賀田駅と旧曽根小学校
P6201755.jpg

二木島からひと駅戻って賀田駅。「かた」駅と読みます。
賀田16:58着。去りゆく多気行き普通列車。

P6201760.jpg

駅舎内には木製ベンチと据付ベンチがあって、結構大勢で座れそうです。
まぁ、そんな大人数が集まることも残念ながら無さそうですが…。

P6201761.jpg

賀田駅(三重県尾鷲市曽根町)
1959年開業。先の二木島駅と同じく、紀勢線の最後の開通区間にある駅。
また、尾鷲市の南端に位置する駅になります。
駅舎はブロック製。開業当初からの駅舎のようです。

2015年度、一日平均乗車人員は44人。

P6201764.jpg

駅舎前から北側、緩やかな斜面に展開する賀田町の集落。
小学生の頃、兄と二人でこの区間に乗車した際、この駅で列車交換のための停車時間があり
この風景を眺めたことを覚えています。これは紛れもない、懐かしい風景。

P6201765.jpg

賀田駅の北側に賀田町集落がありますが、上述のとおり、駅は曽根町に属します。
曽根町集落は駅の南約1km。ちょっと離れていますね。

賀田での滞在時間は次の列車までの39分間。あまり余裕はないんですが、
曽根には古い木造校舎が残っているという情報があるため、その物件を見に歩きます。

P6201766.jpg

鏡のように穏やかな賀田湾。
同日に訪れて坂と迷路に大興奮した古江集落はこの賀田湾の入口に位置していて、
実はここから歩いて行けるくらいの距離だったりします。

P6201769.jpg

P6201771.jpg

こちらがお目当ての、旧曽根小学校。
1878年開校、1981年に賀田小学校に統合される形で歴史に幕を下ろしています。
校舎は1910年に建てられたもので、現在では飛鳥幼稚園兼曽根郷土資料館として
まだ使われている、とのこと。現役で使用されている校舎としては、県内最古。

P6201775.jpg

こちらは曽根町集落内にある、尾鷲市役所の南輪内出張所。
なかなか良い感じの木造建築だったのでパチリ。

そう言えば三木里にあった中学校跡は北輪内中学校でした。
調べてみると、尾鷲市が誕生する前、三木里を中心とした北輪内村と、
賀田・曽根を中心とした南輪内村とが存在していた、ということが分かりました。
1954年に両村のほか、九鬼村、須賀利村、尾鷲町が合併して尾鷲市が誕生しています。

P6201782.jpg

再び、旧曽根小学校の二宮金次郎像。

P6201784.jpg

39分間で1kmの距離を往復するので、時間に余裕はなく、早々に駅へと戻ります…。
ホントに木造校舎を見に行っただけになってしまいましたが、物件としては素晴らしく、
わざわざ歩いて行く価値は十分にあったかな、と思います。

P6201786.jpg

構内踏切で繋がる賀田駅の駅舎と島式ホーム。

賀田17:37発の新宮行き普通列車(333C)で、今度はまたまた南下。
6月は日が長いのが有難いですね。まだ初日の駅訪問、集落散策は続きます…。



続く


2015.6 ぐるり紀勢線 第14回 二木島の風景
P6201717.jpg

今度は二木島駅で途中下車。
二木島16:17着。次の16:53発の尾鷲方面行きの列車まで、36分間の滞在です。

P6201722.jpg

駅の山側を眺めます。
集落の奥の高台にあるのは2014年に廃校になった旧荒坂中学校。
どうしてもこの辺の集落には廃校になった学校が多いですね。
過疎化と少子化で学校が統合していくのは時代の流れでしょうけど。

P6201723.jpg

ここも二木島湾の入江の奥にある集落。
九鬼駅は海岸線と同じくらいのレベルにありますが、二木島駅は盛土の上。
海面からは結構高いですね。高潮なんかには被害を受けにくいかも…?

あ、ホームは片面ホームのみの1面1線。棒駅です。

P6201725.jpg

二木島駅(三重県熊野市二木島町)
1959年開業。紀勢線の最後の開通区間にあり、歴史は比較的浅いですね。
当初は賀田と新鹿を真っ直ぐトンネルで抜く計画だったところ、二木島集落からの陳情で
二木島集落を経由するルートに変更されたんだそうです。
駅舎は開業当初からのもので、モルタル製です。

P6201733.jpg

2015年度、一日平均乗車人員は27人。

P6201732.jpg

駅舎内には二木島の磯の案内図が。
自分は釣りをしないので分かりませんが、やはり紀伊半島には良い磯が多いんでしょうね。
多くの釣り客が列車に乗ってやって来ていたのでしょう。
今は一体どのくらいの人が列車で釣りに来るんでしょうかね。

P6201744.jpg

駅から集落へはスロープでアクセス。

P6201737.jpg

線路をくぐると、二木島漁港の風景が広がります。

P6201740.jpg

漁港に架かる短い橋から見上げる、二木島集落。
上の方にある橋は、国道311号線のもの。
九鬼と同じく、国道は集落内には入らず、高い所を迂回するようなルーティング。
たぶんあの立派な橋ができる前は、この下の道が国道だったのでは?と想像しますが。

P6201741.jpg

二木島湾の最深部で海面も穏やかな二木島漁港。

P6201745.jpg

線路の山側には熊野古道が通っているようですね。
ここからは新鹿の手前に立ちはだかる逢神坂峠へと挑むことになるようです。

P6201749.jpg

さて、大漁旗がはためく二木島駅を後にして、次の集落へと向かいましょう。。。



続く


2015.6 ぐるり紀勢線 第13回 九鬼の町並み~後編
P6201666.jpg

九鬼散策の後編は、九木神社の裏口から。
集落側に下りていく階段、控えめな鳥居、立ち並ぶ家々。

P6201670.jpg

早速、旧九鬼小学校へ…。

P6201671.jpg

1953年竣工の木造校舎が静かに佇んでいます。
校舎前のグラウンドは緑の苔?藻?みたいなのに覆われていました。

P6201676.jpg

前回記事にも書きましたが、2010年に廃校になっています。

P6201677_20170701095554efd.jpg

P6201684_20170701095556012.jpg

九鬼小学校から見下ろす九鬼集落の家並み。

P6201686.jpg

体育館の中にはサッカーボールが転がっていました。。。(窓から撮影)

P6201690.jpg

九鬼小学校から下りて、集落の中の細道をたどりながら駅の方へ戻って行きます。

P6201693.jpg

狭い路地が微妙に折れ曲がりながらずっと続いています。
割と立派なお宅が多いように思えました。

P6201700.jpg

P6201703.jpg

自動販売機。ジュースが110円ですね…。
110円は消費税3%の時代ですよね。
調べてみると、110円だったのは1992~1998年。
その間から更新されていない自動販売機、ということでしょうか。

P6201708.jpg

緩い時間が流れる午後の九鬼集落でした。

P6201711.jpg

再び県道を歩いて駅へ。。。

写真は県道沿いにあった、冷蔵倉庫?
使われてるかは…、分かりません。

P6201715.jpg

九鬼16:03発の新宮行き普通列車(331C)の入線。
この列車で次の集落へと向かいます…。



続く


2015.6 ぐるり紀勢線 第12回 九鬼の町並み~前編
P6201625.jpg

三木里からひと駅戻って九鬼駅で下車。九鬼、14:28着。

九鬼と言えば、戦国時代に隆盛を誇った九鬼水軍が有名ですね。

P6201626.jpg

尾鷲~熊野市はトンネルで入江にある集落同士を繋いで走る紀勢線。
九鬼も同じように入江に展開する集落ですが、駅からは少しだけ離れた位置にあるため、
駅前は民家が数軒ある程度で、集落という感じではありません。

P6201632.jpg

九鬼駅(三重県尾鷲市九鬼町)
1957年開業。駅舎は開業当初からのものだそうです。
1983年に無人化されていて、今はとても静かな駅です。

P6201634.jpg

駅の尾鷲寄り。駅を出た紀勢線は、小さな川を渡って再び長いトンネルへと入って行きます。

P6201635.jpg

ここでは折り返し列車まで1時間半ほどの時間を利用して、九鬼集落を散策します。
「九鬼港」というのが、九鬼集落。
集落へと続く道は、三重県道574号線(九鬼港線)。
国道311号線も九鬼を通りますが、道は駅の裏手の高台を行くため、ここからは見えません。

P6201640.jpg

緩やかな時間が流れる九鬼湾の風景。
奥に見えているのが九鬼集落。
九鬼駅から集落の入口までは1kmないくらい。

P6201644.jpg

集落内の県道574号線は海の際っきわを進みます。
(写真は駅の方向を振り返って撮影)
奥にあるのは2009年に廃校になった旧九鬼中学校。

P6201645.jpg

県道沿いにある、錦花堂さん。
九鬼水軍 虎の巻は九鬼名物だとか。

P6201647.jpg

古さや薄暗さが魅力(?)のスーパー、ナカクニさん。

P6201653.jpg

尾鷲港前から見上げる九鬼集落。
集落の上にあるのは、これまた廃校。
中学校廃校の1年後、2010年に廃校になった、旧九鬼小学校。
こちらは木造校舎が残っているので、後で見に行きます。

P6201655.jpg

P6201658.jpg

このエリアの他の集落と同じく平地がほぼないため、産業は漁業が主力になりますね。
あとは林業でしょうか…?

P6201659.jpg

集落の一番奥にある九木神社。
海沿いの道はここで途絶えます。。。

神社の中を抜けて集落の内部へと入って行きましょう。



続く