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懐かしい風景を求めて
懐かしいもの、昭和なもの大好きな変わり者です。 旅行に写真にドライブに野球に酒に多趣味な管理人が気ままに書いてます。
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ねじまき

Author:ねじまき
中高時代は鉄道好き、大学以降は旅行好き、社会人でカメラに目覚め、ここ数年でまた鉄道熱が復活した管理人です。
表題の通りノスタルジックな風景が大好きで、廃墟・ホーロー看板・木造駅舎・商店街・坂道・酷道などをこよなく愛す変な人です。



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2018.5 因美但馬GW旅 第17回 岩美・田後の町並み
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浦富海岸に沿って県道を進みます。上の写真は鴨ヶ磯展望所から。

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城原海岸。うーん、鮮やかな色彩が欲しい…。

P1018031.jpg

同じく城原海岸。
浦富海岸の風景は車道と展望所からでも十分に楽しめますな。

因みにですが、浦富は「うらどめ」と読みます。
自分は結構最近までずっと「うらどみ」だと思ってました。
道理でパソコンが変換してくれない訳だ。

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険しい無人地帯を抜けて次の集落の田後にやって来ました。
網代とは逆に集落の上からのアプローチ。

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田後漁港の防波堤に車を停めて散策開始。
まずは防波堤から正面に見える集落を眺めます。

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防波堤の付け根の高台に鳥居発見。
「田後港神社」とありました。

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登ってみると小さな祠があり、そこからは長く伸びる防波堤が眺められました。
不自然なほどに長い防波堤。これによって小さな田後港は守られているんでしょう。
荒れた日には波飛沫がこの防波堤も越える事もあるとか。どんだけ凄いんでしょうか…。

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田後で「たじり」。
ここも典型的な漁村の密集集落。
網代に比べると石州瓦の割合は更に少なくなってますね。東に進んだから…?

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田後港神社からは丘の上の小道で田後神社まで横移動。そしてそこから、下界へ。
なんとも魅力的なアプローチで、吸い込まれるように集落内へ…。

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田後集落は超がつくほどの密集具合。
民家と民家の間の道が通路になっていろんなところに繋がっています。

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人とのすれ違いも気を遣うような路地を進んで行くと、簡易郵便局が現れてビックリ。
表通りから隠れるようにひっそりとある郵便局。
一発で見つけるのは苦労しそう。

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幸いこの田後では雨に降られませんでした。

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岩美町を舞台にした「Free!」というアニメがあるようで、この田後集落も出てくるそうです。
調べると所謂「聖地巡礼」でここを訪れている人もいるみたいですね。

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網代と同じように集落の上の方にコミュニティセンターがありました。
廃校跡の転用、というのも同じです。前身の田後小学校は1995年に廃校になっています。

過疎化で全国的にどんどん学校数が減って行ってますよね。。。
統合が進むほど過疎地域の子供たちの通学が大変になって行ってるんでしょうね。



続く




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2018.5 因美但馬GW旅 第16回 岩美・網代の町並み
P1017980.jpg

ここからは山陰海岸ジオパークに沿って進んで行きます。
旅の前半は内陸部中心だったのに対し、後半は海岸部中心になります。

国道9号線を東進、鳥取市街を抜け、砂丘もスルーしてやって来たのは岩美町。
バイパスの大谷ICを出て蒲生川を渡ったところ、浦富海岸の西端に位置する網代集落へ。

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網代集落随一の見所、網代隧道。ここは外せません。

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1912年、大正元年に開通したという古いトンネル。
今は海側が埋め立てられて広めの道路がありますが、かつてはこの道しかなかったそうな。

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網代隧道から覗く網代集落の風景。

P1017989.jpg

その昔はここをバスが通っていたらしいのですが、どんな小さなバスだったのか…。
幅3mで高さもそのくらい、しかも円形なのでかなり小さくないと通れないのでは。

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網代隧道は大岩・大谷から網代への入口部分にあるトンネル。
網代の町並みは網代隧道の北側に広がっています。

因みに車は網代集落側、県道27号線沿いの公衆トイレの横にあった駐車場に停めました。
計8台くらい停められる駐車場。こういうスペースが用意されていると非常に助かります。

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網代集落は海沿いの密集集落で、東向きに緩やかな傾斜を登って行く地形になってます。
集落内には集落上にあるコミュニティセンターへと至る一本の車道が続きますが、
その道以外にも迷い込める路地があって魅力的。

P1017998.jpg

この日はこんな感じの集落を多く歩くことになります。。。
似たような記事が続いてしまいそうな予感…。

P1018004.jpg

集落の一番上にある岩美町立網代コミュニティセンター。
1992年まで現役だった網代小学校の跡地と思われます。(建物も校舎転用?)

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ノスタルジックな情景が見られる漁村集落です。

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お察しかも知れませんが旅の2日目は生憎の空模様。(またかよ)
最初は何とか耐えてましたが、遂に雨が降り出してしまいました…。

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傘を車に置いて歩いていたので急ぎ気味に車へと戻るのでした。

P1018021.jpg

ラストは集落の上へと続く県道155号線沿いから見下ろす網代集落の風景。
黒瓦と石州瓦が入り乱れてますね。7:3で黒瓦の勝ち?

以上、網代の町歩きでした。
このままこの県道を浦富海岸に沿って東へと進んで行きます。



続く



2018.5 因美但馬GW旅 第15回 鳥取・鹿野の町並み
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迎えた旅の2日目は朝から生憎の雨模様。
まぁ天気に関係なく旅は続く訳ですが。

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この日まず最初に訪れたのは、浜村温泉の南に位置する鹿野の町。
以前は気高郡鹿野町で、今は合併されて鳥取市鹿野町になっています。

ここは鹿野城を中心にひらけた城下町で、古い町並みが残っているということでの訪問。
鹿野城跡公園近くに車を置いて早朝の町歩きへと繰り出します。

P1017946_2020041710484809d.jpg

城跡公園のすぐ隣にあった鹿野小学校之跡の碑。
まだ現役の小学校っぽく見えますが、学校跡です。
鹿野小学校は2001年に鳥取市立鹿野学園へ形態を変えて校舎も近くの別の場所へ
移転しているそうです。最近は公立校もいろいろな形態があって複雑ですね…。

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鹿野の旧城下町を歩く。

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旧城下を行く旧街道に沿って、古い町並みが続きます。

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メインストリートがクランクしていてT字路も多い、典型的な城下町のつくりです。

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交差点の角で目に付く近代建築。
ネット調べると旧山陰合同銀行・鹿野支店との記述を見つけましたが、果たして…。

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その交差点から西へと続く道は緩やかな下り坂に。

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最初は西へ歩いて行きましたが、裏通りを通って一旦鹿野城跡近くへ戻りました。
気になった物件はこちらの「しかの心」さん。
築80年の元縫製工場を改修したカフェ、とのこと。

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城跡があるあたりはやはり少し土地が高くなっているようですね。
北に向かっても下り勾配になっています。そしてこういう勾配のある風景、好きです。

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鹿野往来交流館 童里夢。これは「ドリーム」と読むんでしょうね。
ネーミングがスナックや喫茶店っぽいような…。

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東西のメインストリートは東向きにも町家が続いて行きます。正面に見えるのは浄徳寺か。
鹿野の町は路面がキレイに整備されていて、観光にも力を入れている感がありましたね。

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西の城下町と東の城下町をそれぞれ小さく一回り、鹿野の町を歩きました。
この鹿野城跡は桜の名所でもあるようで、春には素晴らしい姿を見せてくれそうです。。。

また機会があれば、ですね。

では次を目指しましょう。



続く



2018.5 因美但馬GW旅 第14回 倉吉線廃線跡~後編
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泰久寺駅跡を過ぎると線路は県道45号線より少し高い位置を進みます。
基本は木々に覆われていますが、進行方向左手に少し視界が開ける箇所も。

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同じ場所を振り返って撮影。
廃線から33年、木が立派に育つには十分な年月ですね。
今列車が走るとぶつかる木が何本かありますねぇ。

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そしてこの先の竹林がこの廃線跡歩きのハイライト。
線路の上に3本ほど竹が育っていて、なんとも不思議な光景になっています。
以前ここを写真か何かで見て、訪問先候補に入れていたのでした。

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線路は県道を離れて林の中へ…。

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そして現れる山守トンネル。
トレッキングツアーではあの扉の中に入って歩くことができると聞きますが、
当然ながらこの時は閉ざされていました。
まぁ開いててもひとりでは入りませんけどね。

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山守トンネルで折り返して車へと戻りました。
この時点で時刻は18時すぎ、まあまあ暗くなって来ていました。

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初日の宿はJR松崎駅の近くのゲストハウスにしていましたが、初日の締めくくりに
関金温泉に入って行こうと温泉街に立ち寄ってみました。

※車は延命茶屋という東屋のスペースに停められました。

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昔ながらの雰囲気を持つ静かな関金温泉街。
写真の温清楼さんはすでに廃業。ここもなかなか寂れているようです…。

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緩やかな坂道になっている関金温泉。

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そして目的の共同浴場・関の湯に到着…と思いきや、何と休業日とのこと…orz
マジっすか、とテンションが落ちましたが、もう夕食時で旅館の日帰り湯も厳しいと判断し、
残念ながら関金温泉は断念。
透明度が高く「白金の湯」とも称されるお湯を堪能したかった…。

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結局そのまま東郷池の南東に位置する松崎へと移動。
ゲストハウス「たみ」さんにチェックインし、お宿で教えて貰った東郷温泉・寿湯へ入浴。
ここは路地に隠れた共同浴場で、一見すると地元専用かとも思ってしまいそうな佇まい。
雰囲気は銭湯っぽいかな。熱めのお湯が気持ちいい寿湯でした。

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お風呂の後は、木造駅舎の松崎駅ロータリーにあった食事処で夕食を頂きました。
お店の方と同級生数人の集まりをされていて貸切っぽかったんですけど、
ご好意で自分ひとりを入れて頂けました。
グループに混ざった訳ではありませんけど、適当に会話に混ぜて貰いながら、
お料理は全ておまかせで美味しいものをたくさん戴きました。ホント、感謝ですね。。。

こうして旅の初日を最高のかたちで締めくくることができました。
次回からは旅の2日目(最終日)になります…。



続く



2018.5 因美但馬GW旅 第13回 倉吉線廃線跡~前編
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旅は峠を越えて岡山県から鳥取県へ。
国道313号線の犬挟(いぬばさり)峠は思わぬ高規格道路で快適でした。

鳥取県に入って最初に訪れたこの廃線跡は、1985年に廃止された国鉄倉吉線のもの。

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倉吉線は山陰線の倉吉と姫新線の中国勝山とを結ぶ鉄道として敷設され、倉吉から
旧関金町の山守までの間で開業した路線でしたが、その計画が実現することはなく
国鉄再建法により廃線となりました。

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倉吉駅から倉吉市内を通って関金町域までの路線で、市街地の方にも西倉吉駅跡など
見所はあるんですが、今回は関金町域の遺構にフォーカスしての訪問です。

※最近アップした倉吉の町歩きも不完全なものだったので、倉吉線跡も絡めた
  町歩きをしに再訪することにしたいと考えています。

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散策は松河原地区の開放的な区間から山守方面へ。
緩やかにカーブしていく県道45号線に対して、廃線跡は真っ直ぐの続いて行きます。

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民家のすぐ前を行くレール。神田神社近く。

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同じく神田神社近く。山守方面。

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大久寺さんの前に駐車場があったので、一旦戻ってそこに車を移動。
引き続き西へと歩を進めて行きます。

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鉄路の先はガードレールで塞がれています。

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先に行ってみると、こうなってました。

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この辺に泰久寺駅跡があるハズ…、と思って歩いていると、この立札を発見。
倉吉線跡では廃線跡トレッキングが開催されるらしいので、この新しい立札はそのために
設置されたものと思われます。

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泰久寺駅跡(鳥取県倉吉市関金町泰久寺)
1958年開業、1985年の廃線と同時に廃駅に。
最初気づきませんでしたが、自分が車を停めさせてもらった大久寺さんが、
駅名の泰久寺と同じお寺さんだったようです。

なお、この駅名板もトレッキングのために設置されたレプリカとのこと。

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片面ホームのみの棒駅で、もともと駅舎も何も無い駅だったそうです。
この短いホームは気動車2両編成でもはみ出していたんだとか。

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集落から少し離れた林に囲まれた駅で、現役時代から秘境感があったのかな…?

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廃線跡はここからがハイライト区間となります…。



続く