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懐かしい風景を求めて
懐かしいもの、昭和なもの大好きな変わり者です。 旅行に写真にドライブに野球に酒に多趣味な管理人が気ままに書いてます。
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ねじまき

Author:ねじまき
中高時代は鉄道好き、大学以降は旅行好き、社会人でカメラに目覚め、ここ数年でまた鉄道熱が復活した管理人です。
表題の通りノスタルジックな風景が大好きで、廃墟・ホーロー看板・木造駅舎・商店街・坂道・酷道などをこよなく愛す変な人です。



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2018.5 因美但馬GW旅 第27回(最終回) 神子畑選鉱場の風景
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今回で本旅行記は最終回となります…。

明延鉱山から一円電車が山を抜けて結んでいた神子畑選鉱場へ。
電車は恐らくトンネルで一気に抜けていたので距離は6km弱だったそうですが、
道路は大きく南へ回り道して峠を2つ越えるため、23kmもあります。40分程の道のり。

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神子畑選鉱場
ここ自体、古くは平安時代から開拓されて銀や銅を産出した鉱山だったとのこと。
鉱山としての神子畑は明治末期に衰退しますが、その後大正期に明延鉱山の選鉱場
として復活。大規模な機械選鉱場で、東洋一と謳われたとか。
24時間稼働で夜も煌々と光を放ち、不夜城とも言われたそうです。

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選鉱場の上下を結んだインクライン跡は見所のひとつ。

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在りし日の神子畑選鉱場。
1987年の明延鉱山閉山と同時にこちらも操業を終了。
その後も建物は残っていたそうですが、2004年に解体されたとのこと。

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往時の姿を一目見てみたかったものです。
新居浜の選鉱場も土台しか残ってなかったし、自分の年代からするとこういった鉱山跡は
興味を持った時にはちょうど姿を消すくらいのタイミングなんですよね…。
1980年あたりに閉山して2000年くらいに解体、というパターンが多いような。

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こちらにも一円電車が静態保存されていました。

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選鉱場を目当てにやって来ましたが、すぐ隣に気になる物件を発見…!
これは間違いなく廃校跡ですね…。

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神子畑小学校跡の碑。
1954年に佐嚢小学校神子畑分校として開校、1969年に神子畑小学校となった後、
1972年に閉校。わずか18年間で姿を消した小学校だったそうです。

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残っているのは体育館で、校舎の方は見当たりません。
体育館はほぼ全面が窓になっていて、採光性には優れていたっぽいですね。

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校庭跡には錆びて黒くなったブランコやジャングルジムが残されています。

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短い間でしたが、神子畑選鉱場関係者のお子さんたちを中心に、最盛期には
全校生徒200人程だったとのこと。
今は統合先である約9km下流の山口小学校へ通うことになりますが、そもそもこの辺には
もう民家がほとんどない状態になっているという…。

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再び神子畑選鉱場跡。
もう日没の時間帯ですが、降り続ける雨のせいでずっと薄暗いのでよく分かりません。

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選鉱場の下にあったこの大きな構造物は何に使われたものなんだろうか…。

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…というところでタイムアップ。
ラストは神子畑選鉱場からの帰り道沿いにある神子畑鋳鉄橋で。

下流の生野精錬所への運搬道の途中に架けられた鋳鉄製の橋。
1883年竣工で、1977年に国の重要文化財に、2007年には近代化遺産に指定。

人の姿も皆無な山間に静かに存在し続ける遺構と雨の中しばし対峙して
非日常感を味わうと同時に「この旅も終わりだな…」と思うのでした。

暗くなった帰路は雨が本降りになって高速で前がよく見えないほどの降り方に。
神経を使いながらの運転で最後はかなり疲れましたとさ…。

という訳で、本旅行記はこれにて完結です。
お付き合い頂き、有難う御座いました。。。




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2018.5 因美但馬GW旅 第26回 養父大屋・明延集落
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大屋から県道6号線を南下してクネクネ山道を登って行く鉱山住宅が姿を現します。

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かつて錫の産出量日本一を誇った明延鉱山の近くに造成された鉱山住宅。
北星地区に造られたこちらは北星社宅と呼ばれます。

貴重な近代化産業遺産ということで4棟だけ残る長屋住宅は2013~2014年にかけて
塗装直しなどの改修工事が施され、保存されているんだそうです。

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谷間の明延川に沿って細長く集落が続きます。
空家っぽいお宅も多く、シンと静まり返っておりました。。。

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少し進むと、かつて明延鉱山と神子畑選鉱場とを結んだ明神電車が保存された
広場があります。明延の「明」と神子畑の「神」で「明神」ですね。
運賃1円だったことから一円電車の名前が有名になったこともあったようです。

ちょうど脇に人が立っていますが、比べると電車がいかにコンパクトかが分かりますね。
護送車のような雰囲気も感じられます…。

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この車両については2010年に動態保存が開始されましたが枕木の老朽化等の理由で
わずか1年足らずで運行を停止。その後NPO法人の活動により、無事再度復活。

今は4~11月の第一日曜日(+GW・夏休みの追加運行日)に体験乗車ができます。
以前はC型だった軌道はO型に進化してループ走行が可能になったんだとか。

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一円電車のある「あけのべ憩いの家」の駐車場に車を停めたまま更に集落の奥へ。

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明延川に沿って古びた家々が立ち並ぶ光景は印象的。

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集落内にあった神社。和田神社?
鳥居から山の上へと参道が続いていました。

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明延の町並みの中で最もディープだと思われるエリア。
奥に見える大きな斜めの屋根は、川の向こうにあるあけのべ自然学校の全天候型の
運動場(あけのべドーム「森の館」)。

あけのべ自然学校は鉱山閉山後の人口減によって1988年に閉校となった明延小学校を
転用したスポーツ合宿、地域活動団体等を受け入れる集団宿泊施設。

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明延鉱山は採掘し尽くしたからではなく、1985年のプラザ合意で急激な円高となったことで
鉱物の価格が下落した結果、採算が合わなくなったから、とのこと。
まだ採掘可能な鉱脈を残したまま閉山したんだそうです。

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最盛期にはこの山間の集落に5千人弱の人が暮らしていたそうです。
既述の明延小学校も700人近い生徒数がいたとか。
集落の劇場では島倉千代子やフランク永井らが歌を歌っていた、というのは
今の姿からは全く想像ができませんが…。

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何らかの切迫した需要が出て、採り残した鉱脈を復活させる未来はあり得ないでしょうか。
この静まり返った町並みが再び息を吹き返す。それは夢物語かも知れませんが…。

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明延に訪れるのは実はこれが2度目。
最初の訪問は2005年頃で鉱山の遺構をろくに発見できずに退散していましたが、
今回はそれに比べるとまだマシな内容になったかと思います。

ただですが、記事化するのにいろいろ調べたところ、まだ見残しがあったことが判明(涙
うぅ、これは3度目の訪問もある感じになって参りました。

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あけのべ自然学校が管理する探検坑道。
ここは要予約でまだ内部には入ったことはありませんが、当時の姿をよく残した
濃い空間になっているとのこと。次回来る時にはこちらも探検することにします。。。



続く



2018.5 因美但馬GW旅 第25回 養父大屋・大杉集落
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筏集落からは下流へ移動しながら撮影して行きます。
続いて車を停めたのは、蔵垣集落。

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蔵垣は筏に比べると土地が開けていて開放感があります。

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集落内に「かいこの里交流施設」がある、こちらも養蚕が盛んだった集落と思いますが、
歩いてみた感じではそこまで多くの養蚕農家は見られませんでした。

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大屋川の南側(右岸)の傾斜地に展開する蔵垣集落。
黒瓦の落ち着いた民家が多かった印象。

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また少し移動します。

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続いては更に下流にある大杉地区。
大杉は重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)にも指定されていて、大屋町域の
養蚕集落の中では中心的な存在と言えるのかも知れません。

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県道48号線から大屋川の向こう(北側)に見えるのが大杉集落。
伝統的なスタイルの3階建て養蚕農家が密集しています。

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大柄で立派な農家住宅が多いのが特徴。
さすが重伝建指定の集落といったところでしょうか。

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全国的に見ると3階建ての養蚕農家住宅というのは極めて珍しいようで、
それが旧大屋町の特徴ある集落景観を形成している、とのこと。
大杉地区内には27棟ある養蚕農家住宅のうち、12棟が3階建てだそうです。

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大杉も小さな集落なので、そんなに距離を歩くことはありませんが、その狭い範囲内に
見応えある住宅がいくつも現れ、とても内容の濃い散策が楽しめます。

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幸いこのあたりは雨は止んでくれていました…。
養蚕集落めぐりはこのあたりにして、また次を目指して移動開始です。
そろそろ日没時間が気になってくる時間帯。残された時間はもう多くありません…。



続く



2018.5 因美但馬GW旅 第24回 養父大屋・筏集落
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香住から矢田川を遡り、国道9号線を南下、更にひと山越えて養父市大屋町へ。
大屋町は以前は独立した町でしたが、2004年に近隣4町の合併で養父市になりました。

大屋川に沿った旧大屋町域は江戸時代から昭和の初め頃にかけて養蚕業が盛んだった
エリアで、その後化繊の普及で廃れましたが、今でも独特な外観の養蚕農家が多く
見られるということで、今回その風景を見に来た次第。

いくつもの残る養蚕集落の中で、とりあえず最初に訪れたのは筏集落。
この辺は2016年に天滝の紅葉ハイキングですぐ前まで来ていましたが、
当時は家族旅行だったんで養蚕集落の方はスルーしていたんですよね。。。

筏簡易郵便局の近くの駐車場に車を停めて集落内を歩くと、旧道に沿って
角の丸い四角窓が印象的な養蚕農家が多く見られるのでした。
瓦を見ると2階建てに見える建物も、窓の配置から恐らく内部は3階建てと思われます。
集落としては大きくないので、300mほどを往復するだけのプチ散策で養蚕農家の風景を
楽しむことができる手頃な集落かな、と思いましたね。

折角ここまで来たということで他の養蚕集落も立ち寄っていますので、次回はその様子を…。



続く



2018.5 因美但馬GW旅 第23回 香住・一日市の町並み
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柴山からは香住方面に戻るルーティング。
戻る途中、同じ柴山湾に面した沖浦漁港に少し立ち寄り。

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小さな浦に沿った漁村が展開していました。

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漁船の灯りはイカ漁用でしょうか。。。

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さぁ、香住に戻ってまたまた町歩きです。
駅界隈は過去に歩いたことがあるので、今回は岡見公園の南側に広がる
一日市の町並みに焦点を当てます。

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↓ 過去訪問時の記事はコチラ
2012.4 因幡美作紀行 第6回 懐かしの香住散策

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今回歩く一日市は、この表記で「ひといち」と読みます。「ついたちいち」ではありません。

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こちらもこれといった目玉物件はありませんが、民家がギュギュッと集まった
漁村集落が続いているのでした。

地図で見ると弧を描くような形の若松・一日市エリア。
矢田川や香住谷川が運んだ砂地の上に形成された町なんだそうです。
北側の岡見公園はもともとは島で、砂州と繋がった陸繋島になっています。

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香住東港の但馬漁協の裏手あたり。

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街灯は柴山と同じオレンジの円盤型。

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全但バスの一日市バス停。
調べると全但バスが請負運行している香美町のコミュニティバスみたいですね。

香住駅からここを通って柴山・佐津へのバス路線があるようで、駅巡りに使えるかも…?
まぁ自分は柴山も佐津も訪問済みですが。

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香住谷川の方へと続いていく路地。
少し下り坂になってる感じですかね。
路地を往く地元の方の後ろ姿がとても絵になる風景。

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一日市交差点、正面の小山が陸繋島の岡見公園。

幸いここの町歩きの間は少し雨が小降りになってくれて相対的に歩きやすかったです…。
香住・一日市を歩いた後は、日本海を離れて向かうは山の方。
市街地で給油をして、矢田川に沿って上流を目指します。。。



続く