懐かしい風景を求めて
懐かしいもの、昭和なもの大好きな変わり者です。 旅行に写真にドライブに野球に酒に多趣味な管理人が気ままに書いてます。
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ねじまき

Author:ねじまき
中高時代は鉄道好き、大学以降は旅行好き、社会人でカメラに目覚め、ここ数年でまた鉄道熱が復活した管理人です。
表題の通りノスタルジックな風景が大好きで、廃墟・ホーロー看板・木造駅舎・商店街・坂道・酷道などをこよなく愛す変な人です。



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2008.11 晩秋の寸又峡へ 第1回 島田・蓬莱橋
3年前の秋の3連休、静岡の山間部にある寸又峡(すまたきょう)へ行きました。
SLで有名な大井川鉄道の終点から更に車・バスで奥に入ったところにある
秘境とは言わないまでも、すごい山奥にある峡谷です。
ここの寸又峡温泉はアルカリ性のいわゆる美人の湯系で気持ちいいです。

初日は浜松に住む友人宅にお世話になり、今回の記事は3連休2日目からスタート。

まずは島田市にある蓬莱橋へ。

PB233215.jpg

蓬莱橋(静岡県島田市)
大井川にかかる長さ897.4mの木造橋。1879年完成。
完成当時から料金を取る橋で、現在でも通行料100円が必要です。
1997年には「世界一の長さの木造橋」としてギネスブックに登録されています。
でも実際のところは長い年月を経る間に台風などの被害によって
度々橋の一部が流されたりして修復されていますので、全てのパーツが木造というわけではありません。

車の場合は左岸(島田市中心側)、橋から100mほど上流に行ったところに
30台程度停められる無料駐車場があります。

PB233217.jpg

この日は快晴で、遠く富士山の姿も拝めました。

ギネスに載るだけあって往復2km弱あるので結構時間かかります。
橋を渡り切った右岸は市街地とは違った田舎風景。
いろいろ散策コースなどもあるようでしたが、今回はパスしました。

PB233219.jpg

再び左岸に戻って来て、河原から見る蓬莱橋。
橋脚はコンクリのようにも見えました。過去に流されたのかも…。

写真で分かるかと思いますが、結構高いです。そして欄干は低めです。

PB233220.jpg

こちらギネス認定記念の碑。

PB233222.jpg

蓬莱橋を拝んだ後は、寸又峡方面へ大井川沿いを北上します。
途中無人販売所でミカン袋を買って食べながら。
さすが生産量日本第3位(確か?)の静岡。
車内のFMラジオからは地元川根の中学生が司会のローカル番組をやってました。
茶畑を横目にローカルラジオを聴きながらのドライブ、好きですね…。

ただそこは秋の連休。最後まで快適ドライブという訳には行かず、
千頭駅手前くらいから大渋滞に飲み込まれてしまいました…。
ここは逃げ道がほぼないんで辛いですね。
この時は渋滞の理由がよく分からなかったんですが、後から調べるとこの先寸又峡へと続く県道77号線は道幅が十分でなく、時間帯によって交互通行を行っていたのが原因でした。そりゃあ動かん訳だ…。



続く


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2008.6 雨の阿曽駅ホーム
08061502雨の阿曽駅ホーム

一人で和歌山から愛知へ戻る途中、車で立ち寄った紀勢本線・阿曽駅。
山間の集落の山影にひっそりと佇む無人駅。駅舎も簡素。

特に意味もなく下調べもせずに思いつきで寄ってみた阿曽駅は、
小雨の中、静寂に包まれていました。もう夜が迫っています。

駅舎が良い訳でもなく、景色が良い訳でもない。
でも何だか記憶に残る阿曽駅でした…。


2008.2 伊勢志摩旅行の写真など
写真を漁っていたらこんな写真たちを発見。
2008年2月、友人連れで伊勢志摩へ1泊旅行に行った時のものです。

大した写真ではありませんが…。

08021002伊勢神宮外宮参道

こちら伊勢神宮外宮境内。
友人の希望でお伊勢さん参り。自分はこれが3度目。
伊勢神宮は外宮(げくう)と内宮(ないくう)に分かれていて、
JR伊勢市駅に近いこの外宮を先に、五十鈴川沿いの内宮を後に参るのが正しいそうで。

08021005赤福の賑わい

内宮まで続く「おかげ横丁」の赤福のお店。

ちょうどこの時、あんこ使いまわし事件のほとぼりが冷めて赤福の販売が再開されたばかり。
伊勢には赤福目当ての観光客がドッと押し寄せていました…。
まず駐車場に車を停めるのにも一苦労(汗)
駐車場から内宮へ向かう道すがらも、赤福をいくつも買い込んだ人とたくさんすれ違うし。

人ごみは置いといて、おかげ横丁の家並みは結構魅力的だと思います。

08021006伊勢神宮内宮の混雑a

でもって伊勢神宮内宮…って何じゃこりゃ!

恐らくは赤福購入客がついでに内宮にもお参りしてたんでしょうね…。
あまりの人波の凄さに思わず写真撮影です。
因みに内宮本殿(正宮)は撮影禁止なので要注意!
本殿へ上がる階段の下からならOK。自分もそこから撮ってます。

08021015波切漁港の風景

大王崎のある波切漁港へやって来ました。
網を干す漁港の日常風景。

08021019イカが干される港

イカが干されてました。

08021018大王崎灯台遠望

大王崎灯台。波切漁港から歩いてすぐです。
真珠の養殖が盛んな地域で、灯台への道沿いには真珠関連の古い土産物屋が続きます。

大王崎(波切)には無料駐車場はなく、土産物屋の有料駐車場利用になります。
目安は300~500円。

08021020横山展望台

島並みの美しい英虞湾を見晴らせる横山展望台
お気に入りの場所ですが、車で登る道が貧弱なので要注意。
無料駐車場約15台分あり。

08021025鳥羽水族館大水槽

最後は鳥羽水族館に寄って帰路に…。



2008.3 岐阜明智・日本大正村散策
今回は2008年3月、岐阜・明智にある日本大正村を訪れた時のネタです。

日本大正村
1983年、明智町(現恵那市明智町)の町おこしを目的に構想される。
有名な明治村(愛知県犬山市)、マイナーな日本昭和村(岐阜県美濃加茂市)と
合わせて三都物語ならぬ「三村物語」と謳ってます…。
明治村や昭和村は料金を払って村内へ入って散策するのに対して、
この大正村は明智の町の一部が大正村として指定されているだけなので
散策だけなら無料。いくつかある資料館に入館する場合のみ有料となります。

P3091801.jpg

こちら大正村役場。1906年(明治39年)築。
1957年(昭和32年)までは明智町役場として実際に使われていました。

2008年の訪問時で「大正97年」とのことだったので、
今年2011年は「大正100年」になるんですね…。 ※大正が続いていた場合

P3091800.jpg

大正村役場がある路地もいい感じです。役場はモダンですねぇ。

P3091810.jpg

明智は中馬街道沿いに栄えた宿場町。

中馬(ちゅうま)街道は三河湾で取れた塩を信州へと運ぶ「塩の道」。
メインルートは岡崎豊田あたりから足助を経由して飯田方面へ伸びる道ですが、
その別ルートとして名古屋から瀬戸、土岐を通り、ここ明智を経由する道もあり
どちらも「中馬街道」と称しています。
中馬とは、江戸時代にあった馬を利用した運送組合のことだそうです。

P3091807.jpg

大正村内は資料館見学も良いですが、古い町並みの方が更に魅力的。

08030902中馬街道の家並み

味のある「さつき旅館」さん。現役です。

P3091811.jpg

銀行蔵(明智郷土館・日本大正村資料館)にて。

P3091814.jpg

大正ロマン館では大正天皇についての展示が興味深く、勉強になりました。。。

ろくな写真が残ってないのが残念ですが、きっと今行くと果てしなくシャッターを
切りまくってしまいそうな味のある町並みがここにはありました。
ホント、行ったのに明智駅の写真を撮ってないとか、考えられません(悔)

近くの岩村と合わせてもう一回行ってみたい場所です…。



2011.2 乗り継ぎついでの上海浦西散策 第5回
上海下町歩き、今回で最後になります。
方浜中路から一本南側の筋へと行ってみると…。

いつもの下町通りはそのままの姿で迎えてくれました。
正直あまり期待はしてなかったんですが、残っていたことに吃驚です。

場所は前述のとおり方浜中路の一本南側に平行する筋ですが、
googleマップ上では表示されません…。
もともとそうなのか、将来の再開発計画によって消えゆく運命なのかは
はっきりしませんが…。

P2023979.jpg

P2023980.jpg

P2023981.jpg

P2023988.jpg

P2023989.jpg

P2023991.jpg

P2023992.jpg

P2023993.jpg

P2023994.jpg

P2023995.jpg


P2023998.jpg

わずか100mちょいくらいの筋ですが、残っててくれて本当に良かった。
嬉しくなって写真を撮りながら住民の方々にやたら話しかけている自分がおりました…。

上海の町歩きを満喫した後は、河南南路でタクシーを捕まえ、
龍陽路からはリニアで空港へ戻ったのでした。

この後の動きは西九州撮影紀行にて。。。