懐かしい風景を求めて
懐かしいもの、昭和なもの大好きな変わり者です。 旅行に写真にドライブに野球に酒に多趣味な管理人が気ままに書いてます。
プロフィール

ねじまき

Author:ねじまき
中高時代は鉄道好き、大学以降は旅行好き、社会人でカメラに目覚め、ここ数年でまた鉄道熱が復活した管理人です。
表題の通りノスタルジックな風景が大好きで、廃墟・ホーロー看板・木造駅舎・商店街・坂道・酷道などをこよなく愛す変な人です。



閲覧ありがとうございます!



アクセスランキング

[ジャンルランキング]
旅行
146位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
19位
アクセスランキングを見る>>



最新記事



最新コメント



カテゴリ



最新トラックバック



月別アーカイブ



フリーエリア

沖縄 旅行情報
沖縄旅行情報



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



2015.2 西瀬戸逍遥 第25回 御手洗の町並み~前編
P3016719.jpg

御手洗港バス停の目の前が、御手洗港になります。
港は最低限の設備だけの簡素なもの。正面には愛媛県の岡村島。

竹原と大崎上島へ渡る高速船が発着していますが、御手洗港に寄港するのは
一日1.5往復しかないため、隣の大長港を利用するのが無難でしょう。

P3016722.jpg

港から少し移動すると御手洗の町の入口に観光案内所(兼休憩所)があるので、
そちらで地図を入手し、町歩きへと繰り出します。
雨は強くはありませんが、止まずに降り続いています。

P3016731.jpg

伝建地区仕様?

P3016735.jpg

港町の密集集落お馴染みの(?)手押し車。

P3016740.jpg

御手洗は岡村島等に囲まれた穏やかな海域であることから、江戸時代から
風待ち港、潮待ち港として重要な機能を果たしていました。

P3016744.jpg

風待ち港や潮待ち港には物資が集まり、町が栄えるのは当然のこと。
ここには立派な町並みが残されています。
瀬戸内の島にこんな立派な町が形成されていたというのが驚きではあります。

P3016748.jpg

そしてそういう港町に付きものなのが、花街ですね。
ここ御手洗も花街があり、多くの遊女がいたんだそうです。

P3016749.jpg

小綺麗な感じは否めませんが、保存されるということはそういうことです。
素晴らしい町並みであることに変わりはありません。

P3016751.jpg

丸ポストにモダンな床屋さん。

P3016752.jpg

家並みはのこぎり型。満舟寺下にて。

P3016755.jpg

同じく満舟寺下に残る、古い通学路の看板。
やたら足が長いですねぇ。。。

P3016757.jpg

細い路地を覗けば、空き地に崩れそうな民家も。

P3016762.jpg

御手洗散策はまだ続きます…。



続く


スポンサーサイト
2015.2 西瀬戸逍遥 第24回 とびしま海道の車窓から
P3016647.jpg

仁方駅前10:42発のバスは、本州と橋で繋がる島々を結ぶ路線バス。
始発は新広駅の南側にある中国労災病院。そこから仁方を経由して
下蒲刈島、上蒲刈島、豊島に大崎下島までを1時間半で走ります。

仁方を出たバスは、安芸灘大橋を通り、早速最初の島である下蒲刈島へ。

P3016654.jpg

下蒲刈島から見る安芸灘大橋。天気が悪く、視界が悪い悪い。

バスは大崎下島止まりですが、橋はその先の平羅島、中の島を通って
愛媛県の岡村島まで合計7本の橋で繋がっていて、
しまなみ海道に対して「安芸灘とびしま海道」の愛称が付けられています。
最初の安芸灘大橋だけ有料ですが、その先の橋は全て無料。

将来的には岡村島から更に4本の橋をつないで大三島のしまなみ海道へ
連絡する構想だそうですが、実現できるでしょうか…?
あと、大崎下島から大崎上島を繋ぐ橋の計画もあるとか。。。

P3016658.jpg

手前が下蒲刈島の三之瀬集落で、対岸が上蒲刈島の向浦集落。
三之瀬瀬戸と呼ばれる小さな海峡です。

しまなみ海道もそうですが、島を繋ぐ橋は高い場所に架かるので、
橋を越える際には集落の上まで高度を上げることに。

P3016659.jpg

下蒲刈島と上蒲刈島とを結ぶ、蒲刈大橋。
細かいですが、蒲刈は「かまかり」ではなく「かまがり」です。

P3016669.jpg

上蒲刈島の田戸集落にて。○に「蒲」のマークはJAの選果場のようです。
この路線バスを運行する瀬戸内産交バスの本社も、この集落にあります。

橋が架かる前は仁方や川尻との定期航路が着いていましたが、
船が無くなった今は、ホントにひっそりとした集落になっています。
先ほど通過した三之瀬や向浦も同じくかつて本州との航路があった町。

P3016680.jpg

橋ができて車での行き来が可能となり、住民にとって便利にはなりましたが、
その代償としてたくさんあった航路が全て廃止されてしまい、活気が失われています。
陸路が繋がることで日帰りも容易になり、民宿の廃業が多いとか。

P3016687.jpg

上蒲刈島と豊島を結ぶ豊島大橋を通過中。

P3016693.jpg

古びた家並みが印象的だった、豊島・豊浜町の風景。

P3016695.jpg

豊島は比較的小さな島。
再び高度を上げて次の橋へ向かいます。

下には豊浜中学校、沖に浮かぶのは三角島。右手のはこれから渡る大崎下島。

P3016696.jpg

豊浜大橋が見えてきました。
手前は豊浜集落。豊島の中心地。

P3016700.jpg

豊島の豊浜集落は結構大きめの密集集落ですね。
このバスは一旦この集落の下まで走って折り返して、豊浜大橋へ挑んでいます。

P3016716.jpg

少し飛んで、大崎下島の小長港。
橋が架かっていないお隣の大崎上島・明石港との間をフェリー航路が運航しています。
一日12往復。航路はこのひとつだけ。

P3016718.jpg

そして12:05、御手洗港着。ここで下車します。
仁方駅前から1時間23分、運賃は1,100円でした…。

次回からは重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)に指定されている
御手洗の町並みを散策します…。



続く


2015.2 西瀬戸逍遥 第23回 仁方駅の木造駅舎と一の湯
P3016622.jpg

安芸阿賀から広で乗り継いで、仁方で下車します。
ここでの下車は、もちろん古い木造駅舎が目的のひとつ。

安芸阿賀 10:07発 → 10:12着 広 10:26発 → 仁方 10:30着。

乗ってきた列車は、当時放送中だったNHK連続テレビ小説「マッサン」のラッピング車両。

P3016624.jpg

ホームは対面式の2面2線。駅舎は1番ホーム(上り/竹原・三原方面)側。
向かいの2番ホーム(下り/呉・広島方面)にも古い木造の上屋が残されています。

後ろの跨線橋は駅の北側(正面)と南側(裏側)とを結ぶもの。
ホームを繋ぐ跨線橋は反対側(ホーム西側)に設置されています。

P3016625.jpg

2003年に無人駅となった仁方駅。
2013年度、一日平均乗車人員は689人。

P3016626.jpg

駅周辺は静かな住宅街。
それなりに広めの駅前スペースを擁します。

P3016629.jpg

仁方駅(広島県呉市仁方本町)
1935年開業。この線区は開通が割と遅めのようですね。
1946年から1982までの36年間、ここ仁方と愛媛の堀江を結ぶ国鉄航路「仁堀航路」の
連絡駅として機能していました。自分が生まれて間もなく廃止になったので、
当時がどんな様子だったのかは、想像の世界です…。

P3016630.jpg

仁堀連絡船が発着していた仁方港は駅の裏側。徒歩12分と、便利とは言い難い距離。
アクセスの悪さからか、利用者が多くないローカル航路だったようで、
赤字を理由に廃止された唯一の国鉄航路と言われています。

P3016631.jpg

静かな駅前通り。真っ直ぐ進んで、国道185号とぶつかります。
駅から10分ほど山側に歩いたところに仁方の古い町並みがあるようですね。
清酒「雨後の月」の相原酒造さんなんかも、そこにあります。

P3016634.jpg

チューリップが咲くまであと2ヶ月くらい…?(当時3月1日)

P3016636.jpg

P3016637.jpg

ちょっと脇道を覗いてみると、なんと銭湯がありました。
一の湯さん(表記は一乃湯?)、2016年5月現在でも廃業情報はないので現役かと。
呉線沿線に残る数少ない銭湯のひとつですね。

P3016640.jpg

暖簾が掛かっていますが、午前中のこの時間は営業時間外。
調べると、暖簾は出しっ放しの銭湯みたいです。

P3016645.jpg

さて、ここからはバスの旅。
駅近くの県道261号線沿いにある仁方駅前バス停から。
広電のバス停ですが、乗るのは瀬戸内産交バス。大崎下島行きです。。。



続く


2015.2 西瀬戸逍遥 第22回 阿賀の町を歩く
P3016570.jpg

音戸渡船口バス停から、再び広電バス・阿賀音戸の瀬戸線に乗って移動です。
この路線は半島の先にある音戸の瀬戸を回って呉駅と安芸阿賀駅とを結んでいます。
今度は呉駅には戻らず、終点の阿賀方面へ抜けます。

阿賀までは海沿いに点在する集落を辿りながら進みます。
道幅が狭くて離合がしづらい場所なんかもありました…。

P3016575.jpg

平地が少なく、民家が密集した集落が多いでしょうか。
写真はだいたい中間地点にある大入集落。

P3016579.jpg

音戸渡船口から阿賀駅までは約30分。
でもそのまま駅に行ってもその先の乗り継ぎで待ち合わせ時間が出るので、
少し阿賀の町を歩くべく、駅の手前の西町バス停で下車します。

P3016583.jpg

阿賀は呉市の中心部から山を越えた東側、山麓にある町。
大谷川という短い川沿いに民家が集まっています。

P3016586.jpg

県道66号線沿いの風景。

P3016587.jpg

これが大谷川。海はすぐそこ。
船が係留されていました。

P3016592.jpg

踏切沿いの細い道から裏通りへ…。

P3016594.jpg

県道から一本山側(西側)にある筋。
こちらが古くからある道なのかな、と地図を見る限りは思います。

P3016595.jpg

洋風建築の馬場医院さん。大正時代の建物だそうです。

P3016596.jpg

馬場医院さんの向かいにある、紫光宝石店さん。

P3016597.jpg

馬場医院さんの装飾。

P3016608.jpg

大谷川を渡る呉線。
列車が通れば良さげな写真が撮れそうでしたが、残念ながらタイミング合わず。

P3016614.jpg

安芸阿賀駅に到着。2006年から供用されている橋上駅舎です。
その前は古い木造駅舎があったみたいですが…。
当時はそんな木造駅舎に対する情熱が無かったんですよね。

P3016617.jpg

写真は移動して広駅にて。
列車が広止まりだったので、乗り換えの際に跨線橋から撮影。
広駅の裏には広島メタル&マシナリーの工場が広がります。

P3016619.jpg

広で乗り継いで、呉線を少し東進します。




続く


2015.2 西瀬戸逍遥 第21回 音戸町・鰯浜と引地、渡船の風景
P3016534.jpg

鰯浜から渡船乗り場へ戻りながら、細道を気ままに歩きます。

P3016535.jpg

駐車場の奥に残された古いお宅。恐らくもう空家でしょうね。

P3016536.jpg

路地が入り組んでいて歩くのが楽しい町です。

P3016540.jpg

車も入れない路地には手押し車が便利ですね。
鳥羽・答志島の「じんじろ」を思わせます。

P3016543.jpg

とらや旅館さんの前の道は石畳になっていました。
古くからある筋なんでしょうね。

P3016545.jpg

音戸大橋へと続いて行く町並み。

P3016546.jpg

音戸大橋のループ部分。内側は駐車場になってました。
ループの中に、渡船乗り場がある引地へと繋がる地下道があります。

P3016547.jpg

再び、引地の町並み。
古さで言えば鰯浜よりもこっちの引地の方が見応えある町並みだと思います。

P3016549.jpg

音戸渡場。「とじょう」と読むのか…?「わたしば」かも?
来た時にはおばあちゃんが座っていた窓口は閉ざされ、人の気配は無くなっていました。
朝の通勤通学の時間帯だけの窓口営業なんですかね…。

P3016552.jpg

料金表。

P3016556.jpg

渡船が到着。乗客はこの方と自分の二人だけ。

P3016557.jpg

さらば音戸(倉橋島)。

P3016561.jpg

思い出の音戸渡船、いつか分かりませんが次に訪れる際にも
現役であった欲しいと願わざるを得ません。

P3016564.jpg

名残惜しい気持ちですが、予定のバスの時間が迫っているので、
渡船場に別れを告げ、バス停(すぐそこ)へと向かうのでした。。。




続く