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懐かしい風景を求めて
懐かしいもの、昭和なもの大好きな変わり者です。 旅行に写真にドライブに野球に酒に多趣味な管理人が気ままに書いてます。
プロフィール

ねじまき

Author:ねじまき
中高時代は鉄道好き、大学以降は旅行好き、社会人でカメラに目覚め、ここ数年でまた鉄道熱が復活した管理人です。
表題の通りノスタルジックな風景が大好きで、廃墟・ホーロー看板・木造駅舎・商店街・坂道・酷道などをこよなく愛す変な人です。



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2015.6 ぐるり紀勢線 第19回 那智駅の社殿風駅舎
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この細道を抜けていくと、目的地の那智駅にたどり着きます。

P6211949.jpg

立派な社殿風駅舎の、那智駅が姿を現しました。。。
駅と隣接して一体となった正面の建物は、那智駅交流センター・丹敷の湯という
日帰り温泉施設。JR西日本では初の駅併設温泉だそうです。
営業は13:00~22:00ですので、午前中は営業時間外…。

P6211950.jpg

那智駅(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字浜ノ宮)
1912年開業。駅舎は1936年築の2代目駅舎で、熊野那智大社の本殿を模したものです。

P6211952.jpg

2015年度、一日平均乗車人員は55人。

以前は「南紀」や「くろしお」、古くは寝台特急「紀伊」等の優等列車も停車していましたが、
那智大社・那智の滝への玄関口機能が紀伊勝浦駅に集約されたことで、普通列車しか
停車しない駅に格下げされた形となりました…。

P6211956.jpg

対面式ホームの2面2線。
ホーム同士は地下道で繋がっています。
すぐ裏手が海水浴場ということもあってか、地下道はカニだらけでした。

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海側の2番ホームの窓から眺める風景。
すぐ前が那智海水浴場(ブルービーチ那智)になっていて、静かな駅には
ただただ波音が響いていました。

学生時代、川崎からフェリーで宇久井港に渡って来た際、連絡バスを那智駅前で降り、
ここから故郷の田辺に向かったことがあります。
その際は確か手前のコンクリートは無く、砂浜が見えていたように記憶しています。。。

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那智7:16発の紀伊田辺行き普通列車(2324M)。
この列車で、2日目の鉄旅がスタート、となります。

7時台ですが、上下線合わせて那智駅にやって来る最初の列車になります。
那智駅には再訪したいけど、勝浦から列車で行くとロスが大きすぎる、ということで、
早朝に両駅間を歩くというプランを組んだのでした。

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下里駅にて、新宮行きの列車を待つ学生さんたち。
下里にも木造駅舎が残りますが、今回の旅プランからは外れています。

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紀伊浦神駅近く、車窓に続く穏やかな玉ノ浦の風景。
いつ見ても癒される眺めだなぁ、と思います。

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紀伊浦神駅にて。
ここは後で訪問する予定にしていました…。

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緩やかなカーブを描く鉄橋で古座川を渡り、列車は古座駅へと滑り込みます…。



続く


2015.6 ぐるり紀勢線 第18回 那智勝浦・天満の町並み
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旅の2日目スタートは、紀伊勝浦駅前から。
前夜は駅裏にある安い温泉民宿にお世話になり、2日目も早朝から動き出します。

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まずは電車には乗らずに歩きからスタートするプラン。
紀伊勝浦から2駅戻るかたちで那智駅まで徒歩移動します。
2駅分ですが、駅間がとても短く、距離は2.5km程度しかないので楽勝楽勝。

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まずは本格的に歩き始める前に、紀伊勝浦駅前の古びたアーケードを歩いてみました。

P6211908.jpg

駅前、駅から見て左前方にあるアーケード街。
いざかた通り商店街は、中小商店が軒を連ねる古くからの商店街といった雰囲気。
ただ朝が早過ぎてまだ町が動き出していませんでした。

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アーケード商店街から見える、紀伊勝浦駅。
さて、そろそろ那智駅に向けて歩き出しましょうか。

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築地西交差点の少し北側、県道46号線がL字に折れる十字路を左折。
天満に向かって真っ直ぐの道を歩きます。
写真は、紀勢線の踏切を渡ったところにあった、いい味出してる集合住宅。

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同じ集合住宅の表側。

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6月末でもうアサガオが咲いていました。さすが南紀。
アサガオは小学時代の夏休みを思い出すアイテム。
毎日遊び倒していたなぁ、と懐かしい気持ちになりますね。大好きな花のひとつです。

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紀伊天満駅の近くにある、丸正酢醸造元さん。
1879年創業で130年以上の歴史を持つ、お酢の醸造をされている会社です。

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紀伊天満駅を通り過ぎてしまっていたようです。
戻る余裕もあまりないので、望遠レンズで駅を撮影してお茶を濁しておきましょう(笑)
簡易駅舎のある駅のようですが、あまり惹かれなかったので…。
1面1線のホーム。何だか嵩上げの工事中?のように見えましたが、どうなんでしょう。

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紀伊天満駅の北側、国道42号線と合流する汐入橋交差点までは、
中小商店が点在する、こんな通りが続いて行きます。

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こちらは通り沿いにあった天白酢さん。
丸正酢に天白酢、那智勝浦町は酢の町だった…?



続く


2015.6 ぐるり紀勢線 第17回 波田須に残る木造校舎
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旅の初日最後の訪問駅、波田須にやって来ました。
大泊18:23発、波田須18:26着。
6月とはいえ、そろそろ明るい時間帯も限界ですね…

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波田須駅(三重県熊野市波田須町)
1961年開業。この駅は紀勢線開通後に新設された駅。
1面1線の棒駅で、駅舎はなく、ホームに上屋だけが設置されている駅です。
風雨に晒されそうな小さなベンチには、カバーに入った駅ノートが置かれていました。

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波田須町は熊野灘沿いの斜面に展開。波田須駅はその集落の一番下に位置します。
ホームからの熊野灘の眺めはこんな感じ。隣の大泊に比べて結構海抜が高そうです。

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これが波田須駅前通り。
車は少し手前までしか入って来れません。

なお、駅の上屋は2016年に、更に簡素なものに建て替えられているそうです。

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波田須町の案内図。(下が海です)
斜面の集落に道が複雑に通されています。
車が通れるのは太線の道だけで、その他は歩いてしか通れません。
今回目指すは、国道311号線沿いにある、波田須小学校。

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斜面に展開する波田須集落。
なぜか虎のオブジェがあるお宅も…。

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木造校舎が残る波田須小学校。

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2004年には新鹿小学校波田須分校となり、その翌年の2005年に閉校してしまいました。
あるサイトでは休校と書かれていたりしますが、まぁ閉校・廃校でしょうね。

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滞在中に地元の方が車でやって来たりしていたので、
何かに利用されているのかも知れませんね。
放置されると朽ちていくだけなので、目的は知りませんが活用されるのは喜ばしい事です。

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波田須小学校校門前からの風景。
下の道路は国道311号線。奥には熊野灘が見えますね。

ここには熊野市が運行する路線バス・潮風かほる熊野古道線が1日3往復やって来ます。
二木島、新鹿、波田須、磯崎、大泊、熊野市を結ぶバスで、これもタイミングが合えば
旅程に組み込む事ができるかも知れません。

http://www.city.kumano.mie.jp/kurasi/kumanosi_bus/index.htm
↑ 熊野市バスのページはこちら

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往路とは別ルートで駅へと戻ります。
食事も可能な「天女座」という施設の近くから、集落を見下ろしつつ高度を下げて…。

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駅に戻った後は、駅ノートを眺めながら過ごしました。
ノートの内容はありがちな二次絵。

2013年から2014年にかけて放送されたテレビアニメ「凪のあすから」が熊野市近辺を
舞台にしているらしく、この波田須駅も劇中に登場するんだそうです。
いわゆる「聖地巡礼」と称してファンの方が訪れるようですね。

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2015年度、一日平均乗車人員は6人。
わずか7人と書いた大泊駅よりも更にひとり少ないですね…。

波田須19:15発の新宮行き普通列車(335D)で再出発です。
滞在時間は49分間でした。。。

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一気に三重県を抜けて和歌山県の新宮駅に到着。
昔ながらのホームの洗面台がまだ残されています。

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新宮では市内に残る銭湯・新宮湯に入り、居酒屋で夕食を摂ってから、
更に終電で紀伊勝浦まで移動して、初日終了となりました。。
そこらへんの写真は割愛します…。

これにて旅の初日、三重編は終了。
次回からは旅の2日目、和歌山編をお送りします。



続く


2015.6 ぐるり紀勢線 第16回 新鹿駅と大泊駅
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どんより重い雲に覆われ続けている旅の初日。
新鹿の町、そしてその先には新鹿湾が望めます。

思えば陽が出たのは早朝の多気駅のあたりと、尾鷲市内散策中だけですね…。

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島式ホーム、1面2線の新鹿駅に入線。
ここでは対向列車待ちで7分間停車します。18:47着、18:54発。

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新鹿駅(三重県熊野市新鹿町)
1956年、西から伸びてきた紀勢西線の終着駅として開業。
この新鹿と三木里との間が最後に開通し、紀勢本線となったのが1959年。
駅舎は開業当初からのもので、こちらも木造駅舎なのかどうかよく分かりません…。

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新鹿は海がとても綺麗で、新鹿海水浴場は「日本一きれい」と謳われています。
水質は三重県最高ランクだとか。
残念ながら駅前から海は見えないんですけどね。

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1983年に無人化。
2015年度、一日平均乗車人員は56人。

毎年8月17日に熊野市で開催される熊野大花火大会の当日のみ、新鹿駅に駅員が
臨時配置されて窓口業務を行うそうです。
ここからも大勢の人々が花火を見に行くんですね。

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以前は海水浴シーズンだけ特急南紀の一部が臨時停車していたんですけど、
いつの間にかそれも無くなってしまい、今は普通列車しか停車しません。

そんな新鹿駅での7分間でした。
構内踏切を渡り、列車に戻ります。。。

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続いては、大泊駅で途中下車。
大泊 18:01着。

1面1線のホームからは太平洋セメントの設備が目を惹きます。

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ホームから駅舎へのアクセス。
以前はホームは島式で交換可能駅だったようです。
写真の引き込み線の更に手前側に線路があり、駅舎への道も構内踏切でした。

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大泊駅(三重県熊野市大泊町)
1956年開業。これまたこの日に訪問してきた各駅とよく似た平屋建ての駅舎ですね。
開業当初からの駅舎がまだ現役、というのも同じです。

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2015年度、一日平均乗車人員はわずか7人。

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大泊は、熊野市街地から名勝・鬼ヶ城の半島を挟んだ東側、小さな湾の入江にある
小さな集落で、駅はその山側に位置しています。

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今度はまた逆方向の18:23発の列車に乗る予定なので22分間しかありませんが、
近いのでちょっと海を見に行きました。

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曇天、夕方の大泊海水浴場にて。
正面の半島が奇勝・鬼ヶ城ですね。半島の先っちょが尖ってるの、分かりますかね?

熊野市街地前にも七里御浜の海岸がずっと続いていますが、あちらは波が荒く危険
ということで遊泳禁止。ですのでこの大泊海水浴場の出番、ということになる訳ですね。
あとはさっきの新鹿海水浴場も熊野市内ですね。

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海を見るだけみたら、また駅へと戻りましょう。
大泊集落の奥に見えるのは、紀勢自動車道の延伸部として開通した熊野尾鷲道路。
高規格道路でここまで来れてしまうんですからねぇ、ますます鉄道は不利になってるなぁ、
と思うばかりです。。。



続く


2015.6 ぐるり紀勢線 第15回 賀田駅と旧曽根小学校
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二木島からひと駅戻って賀田駅。「かた」駅と読みます。
賀田16:58着。去りゆく多気行き普通列車。

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駅舎内には木製ベンチと据付ベンチがあって、結構大勢で座れそうです。
まぁ、そんな大人数が集まることも残念ながら無さそうですが…。

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賀田駅(三重県尾鷲市曽根町)
1959年開業。先の二木島駅と同じく、紀勢線の最後の開通区間にある駅。
また、尾鷲市の南端に位置する駅になります。
駅舎はブロック製。開業当初からの駅舎のようです。

2015年度、一日平均乗車人員は44人。

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駅舎前から北側、緩やかな斜面に展開する賀田町の集落。
小学生の頃、兄と二人でこの区間に乗車した際、この駅で列車交換のための停車時間があり
この風景を眺めたことを覚えています。これは紛れもない、懐かしい風景。

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賀田駅の北側に賀田町集落がありますが、上述のとおり、駅は曽根町に属します。
曽根町集落は駅の南約1km。ちょっと離れていますね。

賀田での滞在時間は次の列車までの39分間。あまり余裕はないんですが、
曽根には古い木造校舎が残っているという情報があるため、その物件を見に歩きます。

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鏡のように穏やかな賀田湾。
同日に訪れて坂と迷路に大興奮した古江集落はこの賀田湾の入口に位置していて、
実はここから歩いて行けるくらいの距離だったりします。

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こちらがお目当ての、旧曽根小学校。
1878年開校、1981年に賀田小学校に統合される形で歴史に幕を下ろしています。
校舎は1910年に建てられたもので、現在では飛鳥幼稚園兼曽根郷土資料館として
まだ使われている、とのこと。現役で使用されている校舎としては、県内最古。

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こちらは曽根町集落内にある、尾鷲市役所の南輪内出張所。
なかなか良い感じの木造建築だったのでパチリ。

そう言えば三木里にあった中学校跡は北輪内中学校でした。
調べてみると、尾鷲市が誕生する前、三木里を中心とした北輪内村と、
賀田・曽根を中心とした南輪内村とが存在していた、ということが分かりました。
1954年に両村のほか、九鬼村、須賀利村、尾鷲町が合併して尾鷲市が誕生しています。

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再び、旧曽根小学校の二宮金次郎像。

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39分間で1kmの距離を往復するので、時間に余裕はなく、早々に駅へと戻ります…。
ホントに木造校舎を見に行っただけになってしまいましたが、物件としては素晴らしく、
わざわざ歩いて行く価値は十分にあったかな、と思います。

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構内踏切で繋がる賀田駅の駅舎と島式ホーム。

賀田17:37発の新宮行き普通列車(333C)で、今度はまたまた南下。
6月は日が長いのが有難いですね。まだ初日の駅訪問、集落散策は続きます…。



続く