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懐かしい風景を求めて
懐かしいもの、昭和なもの大好きな変わり者です。 旅行に写真にドライブに野球に酒に多趣味な管理人が気ままに書いてます。
プロフィール

ねじまき

Author:ねじまき
中高時代は鉄道好き、大学以降は旅行好き、社会人でカメラに目覚め、ここ数年でまた鉄道熱が復活した管理人です。
表題の通りノスタルジックな風景が大好きで、廃墟・ホーロー看板・木造駅舎・商店街・坂道・酷道などをこよなく愛す変な人です。



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2015.12 年末帰省旅 第13回 夜の湯田中にて
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松代駅からバスで須坂駅に戻り、再び鉄路で終点の湯田中駅までやって来ました。
この日は渋温泉に宿を取っているので、ここから歩いて行くプランです。

湯田中駅(長野県下高井郡山ノ内町大字平穏)
1927年開業。駅舎は1955年に建てられたもの。
2006年までは地形の制約から、スイッチバック形式の駅でしたが、現在は解消されています。

湯田中駅は湯田中温泉や渋温泉、更に奥の志賀高原への玄関口。
タクシーも複数常駐していて、それなりの賑わいを見せていました。

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宿に向かう前に、見ておきたいのが湯田中駅の旧駅舎。
現駅舎とホームを挟んで向かい側に保存されています。

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踏切を渡り、旧駅舎の正面へ。
「楓の館」と名付けられ、隣にある楓の湯という日帰り温泉施設の休憩所として
利用されているんだそうです。

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湯田中駅開業当初の駅舎なので、1927年築ですね。
現在は登録有形文化財となっています。
冬に休憩所として使うには、寒いような気はしますが…。

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旧駅舎から見る、ホームと列車。
昔はこんな感じで列車が見えていたのでしょうか。。。

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旧駅舎見学を終え、渋温泉を目指して歩きます。
湯田中駅から湯田中温泉街を抜け、渋温泉までは約2kmの道のり。
年末ですが雪が全く無かったので歩きやすかったのは幸い。でもちょっと残念な気も。

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湯田中温泉には合計9つの共同浴場がありますが、大湯1ヶ所を除いた8ヶ所は全て
地元民と宿泊客専用になっています。(観光客のマナーの悪さが原因とか)
写真は駅に一番近い共同浴場、白樺の湯。

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昭和レトロな雰囲気の商店街?温泉街?を歩いて行きます。
歩く人はほとんどいませんが…。

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SNOW MONKEY TRIP と書かれた行灯。
今は全国区の知名度、日本を飛び越えて対外的にも抜群の知名度を誇るスノーモンキーは
湯田中温泉、渋温泉よりも更に奥にある地獄谷野猿公苑のもの。
まぁ、厳密には湯田中ではないですが、玄関口という意味ではアリでしょうかね。

因みにですが、長野オリンピック開催前に、湯田中駅を志賀高原駅に改称しようという
トンデモ案が出たようですが、温泉組合の猛烈な反対があって無事却下されたそうです。
やっぱりそこに根付いた地名というのを大事にして貰いたいですよね。

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静かな静かな夜の湯田中温泉を黙々と歩いて行きます…。時刻は19:00頃。。。



続く


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2015.12 年末帰省旅 第12回 屋代線・松代駅跡
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16:21、松代中町バス停で下車してみました。
バスは目的地である松代駅行きでしたが、少しだけでも町を歩いてみたかったので…。

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100mちょっと先に、松代駅の木造駅舎が見えています。

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中町交差点から松代駅へと続く道。東通りというようです。

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松代駅(長野市松代町松代)
1922年開業、2012年廃駅。
廃線当時は、屋代線で唯一の有人駅だったとか。
屋代線の中心的存在だったことが伺えます。

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駅前にあった「汽車ぽっぽ」の歌碑。
残念ながら、もう汽車がやって来ることはありません…。

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窓口は当時のまま。
駅長の注意書きも。

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多くの乗客が出入りしたであろう駅舎入口。

松代の町を歩く時間は今回全然取れなかったので、いつかは散策してみたいところ。
松代は大阪夏の陣の後には真田信幸が治めた城下町ということで、興味あり。

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木造駅舎は保存状態もなかなか良いように感じられました。
綿内や信濃川田と同様、ここ松代もバスの待合室として活用されています。

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ホーム側にて。
かつて片面+島式の2面3線でしたが、島式ホームが撤去され、構内は裏手にある
松代城の駐車場として利用されているとか。

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この地図も、往時を偲ぶ貴重なアイテム。

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廃線前の2010年度、一日平均乗車人員は333人。

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素晴らしい木造駅舎は今も大切に使われていて、とても嬉しくなりました。
これからも、まだまだ現役で活躍し続けて欲しいですね。
いつかまた松代を訪れるにも、またこの姿を見られたら幸せだな、と。。。

さて、これにて屋代線廃線跡に残る木造駅舎巡りは終了。
松代 16:50発の長電バス・須坂駅行きに乗り、現役の鉄路へと復帰します…。




続く


2015.12 年末帰省旅 第11回 屋代線・信濃川田駅跡
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信濃川田駅跡に到着。
少し寄り道したりもしましたが、約3.2kmを予定通り約45分で歩けました。

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駅構内には、かつて長電で活躍した古い車両が留置されています。
こちらは長電モハ1000形電車。歴史を感じる車両です。

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信濃川田駅跡(長野市若穂川田)
1922年開業。他駅と同じく、2012年春に屋代線が廃線になったタイミングで、廃駅。
沿線はほぼ同じ経歴の駅ばかりですかね。
激渋の木造駅舎は、前に訪れた綿内駅とほぼ同型のように思えます。

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おはよう 行ってらっしゃい 無事を待つ 親の心

これも綿内駅にあったものと同じ標語。

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駅舎内に掲げられた古い時刻表。およそ1時間に1本ですか。
漢数字縦書き。今こんなのなかなか見ないですよね。

近所のふとん屋さん、畑綿業所さんも気になります。
というか、綿業所って始めて見た字面だなぁ、と。

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掲示物は意外と少ない駅舎内。

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こちらも綿内駅と同じく、今は駅舎はバスの待合室として使用されています。

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駅舎を抜けてホームに出ると、そこには列車が停車中でした。
木造駅舎にレトロ車両。最高の組み合わせですね…。
この車両は長電2000系電車。焦茶色のカラーリングがまた渋い。
2012年に引退した形式で、この編成と、小布施駅前のながでん電車の広場に
留置されている編成と、2編成しかもう残っていないそうです。

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2000系の後ろに留置されているステンレス車両は、元東京営団地下鉄で活躍していた
長電3500系電車。こちらはまだ本線で現役で走っている車両になります。
なお、この信濃川田駅跡に留置されていた3500系は、今は既に解体されているようです。

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もともとは廃線後ここを鉄道公園にする案があり、車両が集められた、という話を
聞いた事がありますが、廃線後3年半以上が経過しても何も手がつけられておらず、
車両も老朽化が進むばかりの状態。
実質的に計画倒れですかね。留置というか放置と言っても良い状態なのかも。

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木造駅舎とレトロ車両を堪能し、信濃川田駅跡を後にします。
川田駅 16:02発の長電バスで、もうひとつ残る木造駅舎を目指します…。



続く


2015.12 年末帰省旅 第10回 綿内から信濃川田へ歩く
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綿内から信濃川田に向けて細道を歩いています。
綿内駅跡から程近い所に、綿内村役場跡の碑を発見。

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表通りの国道を歩いても良いんですが、車通りも多そうですし、落ち着いて歩ける裏道が
良いかなというのと、何よりこっちの方が屋代線跡に近いルートになりますから…。

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長閑な風景を行きます。
屋代線の車窓もこんな感じだったのでしょう。

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火の見櫓と、りんご畑の風景。

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若穂病院の近く、上信越自動車道の脇に残る踏切跡。

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この踏切の東側、この場所に若穂駅があったみたいです。
2012年春に廃線と同時に廃駅に。
片面ホームのみの棒駅だったようです。

因みに地名にもなっている若穂(わかほ)ですが、綿内、川田、保科の3つの最初の文字を
合成したものなんだそうです。。。

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国道403号線の橋で保科川を渡ります。
先の方に見える鉄橋は屋代線の痕跡。

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保科川の先、領家交差点の先から細道に入り込んでみます。
まぁ、こっちのルートでも遠回りにはならないので…。

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若穂川田、領家の町並み。
思いつきで入り込んだ集落は、思いのほか見応えがあるものでした。

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同じく、領家の町にて。

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信濃川田駅跡はもうすぐ。
まっすぐ西に見えるあの山並みは、北アルプスになるんでしょうか…?

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信濃川田駅跡のあたりには、まだレールが残されています。
写真は若穂・綿内方面を向いて。

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振り返ると、レールに留置された古い車両。
そして旧信濃川田駅の木造駅舎が佇んでいるのでした…。



続く



2015.12 年末帰省旅 第9回 屋代線・綿内駅跡
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長電・屋代線跡には、当時の木造駅舎が今も3つ残っていますので、
今回それらを巡るプランを組みました。まずは綿内駅跡。
鉄道線の代替となった路線バス・屋代須坂線にて、須坂駅14:25発、綿内駅14:43着。

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綿内駅跡(長野市若穂綿内)
1922年開業。2012年、屋代線廃止に伴い、廃駅に。
激渋の木造駅舎が往時の佇まいのまま残されていて、まるで今も現役かのよう。

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駅舎は路線バスの待合室として今も使われています。
バス停の名前も「綿内駅」。
そういう意味では、今も現役の駅と言っても良いかも知れませんね…。

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駅構内。レールは剥がされていて、やはりここは廃線跡なのか、と改めて感じました。
かつては対面式の2面2線だったようですが、荒れていてよく分かりませんでした。

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木製ラッチの質感も良い。
もと有人駅でしたが、廃線時には無人化されていたようです。

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事務室を窓越しに覗くと、かつて駅舎正面に掲げられていたと思われる駅名板を発見。
そして掲示されていた「駅舎教室ありがとう」の寄せ書き。
数年前まで駅舎事務室スペースを公文教室として使用していたそうですが、
駅舎老朽化で耐震性の問題を理由に、駅舎教室は閉鎖となったようです。

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ここはわたうちのえきです。面白い時計ですね。この駅の名物みたいです。
バスの待合室として現役なので、時計は止まることなく、時を刻み続けています。

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貴重な木造駅舎です。
鉄道は廃線になった後、これからもずっと残っていて欲しいですね。

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綿内駅前の材木店さん。

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乗って来たのと逆方向、須坂駅行きのバスがやって来ました。

自分はまだ先を目指すので、このバスはスルー。

次の松代方面行きまでは1時間以上間があくので、次の木造駅舎がある信濃川田駅跡まで
3km強を歩くプランです。所要45分程度なので余裕かと。

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信濃川田方面へ歩き出したところ、踏切跡から綿内駅跡方向を撮影。

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目指す信濃川田駅跡はこの先…。
間に若穂駅跡があるので、歩くのは2駅分。頑張ります…。



続く