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懐かしい風景を求めて
懐かしいもの、昭和なもの大好きな変わり者です。 旅行に写真にドライブに野球に酒に多趣味な管理人が気ままに書いてます。
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ねじまき

Author:ねじまき
中高時代は鉄道好き、大学以降は旅行好き、社会人でカメラに目覚め、ここ数年でまた鉄道熱が復活した管理人です。
表題の通りノスタルジックな風景が大好きで、廃墟・ホーロー看板・木造駅舎・商店街・坂道・酷道などをこよなく愛す変な人です。



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2017.12 和歌山線めぐり 第2回 打田駅と周辺散策
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最初の下車駅は、駅前のリココデでお馴染み(?)、打田駅。8:16着。

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打田駅(和歌山県紀の川市打田)
1900年開業。木造駅舎は、紀勢線で多く見られる駅舎に良く似ているような気がします。
2017年度、一日平均乗車人員は577人。

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駅舎の建物財産標は大正4年=1915年。
開業当初からの駅舎ではないみたいですね。

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駅前の古い商店の佇まい。
もう駅舎よりも存在感があるんじゃないかと思うくらい。

打田駅は2005年まで存在した打田町の中心駅。
合併で誕生した紀の川市の市役所は旧打田町役場が転用されていて、
この打田駅は市役所の最寄駅でもある訳ですね。

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30分くらい時間があるので、駅の近場を少し散策して回ります。
写真は線路沿いで気になった打田理容所さん。

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駅の西よりに南北のメイン通りと思われる通りが。
踏切を渡って、少し南に向かって歩いてみます。

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特に目を惹いたのは、こちらフードセンターナカムラさん。
変色してしまっている瓶ケースに木製パレット。
果たしてコレは現役なんだろうか…。

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瓦屋根の褶曲美(笑)

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再び踏切に戻って線路の北側へ。
ちょうど和歌山線方面行きの列車が来たのでパチリ。
国鉄時代の生き残り117系。JR西日本の単色化の影響で和歌山カラー(明るい青色)に
塗られた車両でした。

※因みに、最新のダイヤ改正(2019年3月)で和歌山線・桜井線に最新型の
 227系(1000番台)が導入されました。
 広島エリアで既に稼働している227系とは異なる部分も多いとか。
 既存の105系、117系は2019年秋までに引退の予定だそうです。

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線路の北側には紀の川市役所があります。
商店街などもありますが、こんな長閑な風景も見られました。

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駅前に続くレトロ商店街。
名前が確認できませんが、橙色の円盤状の街灯が商店街であることを主張しています。

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月並みな表現ですが、時が止まったような空間。
短いながら魅力的な通りで、満たされました。

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30分ほどの持ち時間を終え、打田駅へ帰還。

8:48発の後続列車に乗り、和歌山線を更に東へと進んで行きます…。



続く


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2017.12 和歌山線めぐり 第1回 紀伊駅、紀伊中ノ島駅、岩出駅

今回から新シリーズ、といっても10回は行かない程度ですが…、始めたいと思います。

内容は掲題のとおり、和歌山線を巡る旅、日帰り旅。
以前和歌山線を辿った記事をアップしていますが、今回もそれに似たルート取りです。

⇒ 2012.4 紀北小旅行 旅のまとめ

もう5年半以上経つんですね…。時の流れは早いというか、自分が歳だからかも?(笑

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天王寺6:12発の快速列車に乗り、紀伊駅に着いたのは7:03。
時期は12月末。曇天ということもあり、暗いですね。
天気が良ければもう少し明るいハズなんですが…。

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紀伊駅(和歌山市北野)
1930年開業。駅舎は橋上タイプ。
駅名は和歌山市になる前に存在した紀伊村に由来。
2017年度、一日平均乗車人員は4,048人。隣接する岩出市からの利用者も多いとか。

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和泉山脈を抜けて和歌山平野へ下る途中にあり、地域全体が傾斜地になっています。
駅前には県道7号線が通っていて、和歌山市内の方への下り坂に。
以前車で走ったこともありますが、県道沿いは古い街道のような雰囲気も感じられます。

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続いては紀伊中ノ島駅で途中下車。
ここは駅舎を見るのを目的に。。。

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紀伊中ノ島駅(和歌山市中之島)
1932年に六十谷と東和歌山(現・和歌山)の中間駅として新設開業。
駅名は中之島→阪和中之島→紀伊中ノ島と変遷しています。
かつては旧・和歌山線がクロスする乗り換え駅でしたが、和歌山線のルート変更により
単なる途中駅になりました。今でも旧和歌山線の遺構が残されています。

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駅周辺は住宅密集地。
大きなメイン道路らしきものはなく、こんな感じの道路が続いています。

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グリルが特徴的でモダンな雰囲気の駅舎は、1935年に旧・和歌山線の駅舎として
建てられた木造駅舎。だから現在の阪和線のホームに対して少し変わった配置なんですね。

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紀伊中ノ島駅・駅舎の建物財産標。
昭和10年=1935年。

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築堤の上にある阪和線ホームから見える和歌山の市街地風景。
やっと明るくなって来た感じですかね。

紀伊中ノ島 7:36発の阪和線で、和歌山線の旅のスタート地点である和歌山駅へ。
(路線の正式な起点は王寺ですが)

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和歌山7:41発の王寺行き普通列車(434M)で、いざ和歌山線。
前回の旅で下車した布施屋駅。木造駅舎が健在であることを車内から確認。

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途中行き違いで6分間の停車時間がある岩出駅で駅舎撮影。
もちろんあらかじめプランに折り込み済みであります。

岩出駅(和歌山県岩出市高塚)
1901年に大宮仮停車場として設置され、1902年に旅客営業を開始。
古びた木造駅舎が現役で活躍中。
緑がかった瓦屋根と、駅舎の出入口が側面側にあるのが特徴でしょうか。

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地方都市の駅前といった雰囲気。
岩出市は平成の大合併ではなく、人口増加により単独で市制施行した市になります。
和歌山市や大阪南部で働く人々のベッドタウンとして発展中、とのこと。
学生や通勤客などの利用は多く、駅舎は小さくて和歌山線の車両も長くないことから、
ラッシュ時には相当の混雑になるみたいですね。。。

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最後に岩出駅の建物財産標。
こちらも紀伊中ノ島駅と同じ昭和10年ということは1935年の竣工ですね。。。

6分間の停車時間を終え、最初の下車駅へ…。



続く


2018.6 玉柏駅の木造駅舎
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早島の後にまだ時間があったので、津山線の木造駅舎を一箇所。
岡山から3駅目にある玉柏(たまがし)駅へ。
どこか近くで一箇所だけ…、と考えて一番行きやすかったので。。。

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岡山からは11分ほどで到着。
ホームから津山方面へ走り去る列車を見えなくなるまでお見送り。

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玉柏駅(岡山市北区玉柏)
1898年開業、現津山線開業と同じタイミング。
コンパクトになった木造駅舎は開業当初からのものと思われます。
半分くらいに縮小されたそうで、多分この左側に駅事務室部分があったんでしょうね。
庇部分は縮小後に付けられたのか…?

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玉柏駅。「たまかし」とばかり思ってましたが、「たまがし」でした。

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1971年に無人化されています。結構前ですね。
2016年度、一日平均乗車人員は84人と、そんなに多くはありません。
駐輪場は無いのか、駅舎の周りの庇下に利用者の自転車が停められていました。

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市街地からそんなに離れてないですが、結構長閑な場所です。
玉柏は旭川に程近い集落。旭川沿いの築堤が高いので、駅の東側の眺望は開けません。

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駅舎内にツバメの巣。

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折り返しの列車を待つ駅舎内。
自分以外には女学生さんがひとり。やはり利用者は少ない感じですね。
路線バスと競合していて、利便性でかなり遅れをとっているとか?

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ホームは相対式の2面2線。津山側にある構内踏切で結ばれています。
駅裏には田園が広がり、その向こう側の山裾に玉柏の家並みが続いています。

駅舎がある側が2番ホームで一線スルーになっていますね。
上下線関係なく、行き違いがない場合は全て2番ホーム発着になり、
1番ホームに入るのは行き違いで先着する列車だけみたいです。

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ホーム側から見る玉柏駅の木造駅舎。こじんまり。
両脇を固める自転車たち。

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そうこうしているうちに、岡山行きの普通列車がやって来ました。
旧国鉄カラーの気動車。風景とマッチして良いですねぇ。
どんどん活躍の場が狭まってきているのが気になるところですが…。

以上、玉柏駅訪問ネタでした。



2018.6 岡山・早島の町並み~後編
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早島散策の後編になります。
早島小学校の横の坂道を上がって来ました。(振り返って撮影)
この裏手の丘というか山が島だった頃の名残り?早島城があった城山になります。

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小さな丘を行く細い道に沿って歩きます。
この時は6月で紫陽花が咲いておりました。

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国鉾神社の前を抜けて県道165号線側に下りてきたところ。
このあたりも古びた民家が多く見られ、いい感じの町並みが広がっていました。

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打ち捨てられたような空家もチラホラ。
このお宅は…、どうだろう…。

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県道165号と県道152号との交差点にあるこちらの物件は、早島町を代表する建物。
商家の旧寺山家で、現在は「いかしの舎」という町のコミュニティ施設になっています。

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こちら戸川家記念館。戸川氏は元は宇喜多の家臣で、江戸時代以降
300年以上の長きに渡ってここ早島を治めた一族。

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水路のある風景。
きっと運転してたら水路のプレッシャーを感じる道。

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早島は国道2号線とICが直接接続する道路交通の要衝と言えますが、
そんな町にも懐かしい風景が残っているんですねぇ。

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早島の駅まで戻って来ました。
周囲を水田に囲まれた相対式2面2線の駅。

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既述のとおり干拓でできた土地で、今は水田になっていますが干拓したての頃は
塩分の問題で稲作ができなかったため、い草の栽培が盛んに行われたことから
早島はい草や畳の町として有名になった経緯があります。
駅の裏側には「花ござの早島」という掲示物が立っているのも、そういう背景によるもの。
(※写真を撮りましたが、何故かピンとがボケボケだったので掲載は自粛)

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最後は跨線橋から周囲を気ままに撮影しながら列車の到着を待っていました。


これにて早島散策は終了。
続いてもう一箇所足を伸ばしたので、次回も岡山ネタになります。。。



続く


2018.6 岡山・早島の町並み~前編
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今回は岡山ネタ。宇野線・本四備讃線の早島駅での下車機会があったので、
町歩きをした際の写真たちになります。

降り立った早島駅は平屋建てのシンプルな駅舎。どこか昭和テイスト。
早島町の中心駅で、快速マリンライナーも約半数停車するなど、利便性も悪くないですね。

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古い町並みも残っているという早島。
目指す場所は駅正面からざっくりと左前方。
上の写真の地図は上が西で分かりづらいですが、ご参考まで。

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駅前を真っ直ぐに伸びていく筋。
一本東側に道幅の広い道路が県道185号(早島停車場線)として整備されていますが、
たぶんこっちの道が旧道になるんだと思われます。

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庭瀬や倉敷など、岡山の平野部には水路が多いイメージ。
早島も例外じゃない、というか水路だらけですね、この辺。

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あまり多くはありませんが、駅前通りに古い建家が何軒か見られました。

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早島は以前紹介した連島などと同様、その名のとおりかつて島だった場所。
江戸時代に入る前には高梁川からの堆積物によって陸続きになり、その後の
大規模な干拓によって現在のかたちに至っています。

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早島市街を貫く県道152号線とぶつかる早島駅前交差点。
この県道152号線(倉敷妹尾線)は「宇喜多堤」というかつての潮止め堤防跡だとか。

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早島駅前交差点から先は裏通りのような雰囲気に。
恐らくこの辺からが、かつて島だった頃から陸地だったエリア。

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こちら金毘羅灯籠。
江戸時代には金毘羅参詣のルートで栄えた早島の町。

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早島小学校前の筋を辿って、町の西側へと歩を進めます…。

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千光寺前の風景。この辺は特に昔の情景が感じられましたね。
「不老のみち」というのは、早島町が指定した歴史の道(散策ルート)の名前のようです。

早島歩きは別に不老のみちを辿るわけではありませんけどね…。

散策は後編へと続きます…。



続く