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懐かしい風景を求めて
懐かしいもの、昭和なもの大好きな変わり者です。 旅行に写真にドライブに野球に酒に多趣味な管理人が気ままに書いてます。
プロフィール

ねじまき

Author:ねじまき
中高時代は鉄道好き、大学以降は旅行好き、社会人でカメラに目覚め、ここ数年でまた鉄道熱が復活した管理人です。
表題の通りノスタルジックな風景が大好きで、廃墟・ホーロー看板・木造駅舎・商店街・坂道・酷道などをこよなく愛す変な人です。



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2018.10 岡山川上・高山市の町並み
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岡山県高梁市、旧川上町域の西の果ての高所に古い街道筋の町並みが残っています。

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国道313号線を離れて県道299号線→県道77号線を西へ、雲海スポットである弥高山を
少し過ぎたところが目的の高山市(こうやまいち)になります。「たかやまし」ではありません。

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「市」とつくことから判りますが、かつて市が立っていた場所になります。

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笠岡と東城を結んだ東城往来のほぼ中間地点だったことから栄えた町、とのこと。

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下界から離れた山上の集落で往時の繁栄は失われていますが、今でも各民家には
市場町だった時代の屋号が掲げられています。

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山の集落にもネコさんの姿が。

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屋根の上にもネコさん。

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物資の集積地として栄えた高山市ですが、東城往来のルートが県道9号線の方へ
変わってしまったことからその繁栄は失われた、とのこと。
また1935年に発生した大火も追い打ちをかけたと言われます。

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メインストリートを歩くと、西に向かって緩やかに上り勾配になっています。

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古い土蔵なんかも見られます。

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個人的ハイライトは坂道を上った先にある、この少しクランクした街道筋あたり。

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数少ない路線バスが通過。

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高山市バス停。
ずっと高山市として紹介していますが、地図を見ると旧川上町域(現高梁市)である高山市と
井原市域の東三原とが微妙な区割りになっているのが判ります。
むしろ東三原と言う方が正しいのではないかと思うほど。

なので高梁市側の生活福祉バスと井原市側の北振バスの両方の路線が来ています。

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そんな高地にある高山市集落散策でした。
近くの弥高山の雲海も気になるところですが…。また来る機会あるかな…?




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2018.10 岡山・妹尾の町並み
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長編旅行記を終えた後で少し手抜き記事です…(恥
相も変わらずの岡山ネタで失礼します。

今回は宇野線(兼瀬戸大橋線)の妹尾駅の散策したときの写真たち。
妹尾は快速マリンライナーの停車駅というイメージだけは持っていましたが、ここにも
古い町並みがあるとの情報があり、機会を探っての訪問となりました。

駅の方は1991年に改築された橋上駅舎ですので特に触れません。
岡山市南区に属し、市街地への通勤通学客が多いんですかね、結構な利用者数です。
地図を見るとわかりますが、古い町並みは妹尾駅の北側に展開しています。
南側は整然とした区画で調べると干拓地みたいですね。

駅から北への県道175号線(妹尾停車場線)を進んで県道152号線を左折すると
車同士のすれ違いも苦労するくらいの細い道沿いに古い町並みが続いていました。
この県道152号線は金毘羅往来ということで、古くからある街道筋なんですね。
なまこ壁の商家なども見られますし、昭和レトロな商店もあって結構好きな雰囲気でした。




2018.5 因美但馬GW旅 もくじ
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因美但馬GW旅 全27回(2018年5月、1泊2日)

<1日目> 虫明~美咲町棚田群~湯原温泉~倉吉線跡~東郷温泉

第1回 虫明湾の朝(空振り)
第2回 虫明集落を歩く
第3回 田土の棚田
第4回 上山の棚田
第5回 弓削駅と誕生寺駅
第6回 北庄の棚田
第7回 上籾の棚田
第8回 大垪和西の棚田
第9回 小山の棚田
第10回 真庭市落合の町並み
第11回 真賀温泉と湯原温泉駅跡
第12回 湯原温泉街を歩く
第13回 倉吉線廃線跡~前編
第14回 倉吉線廃線跡~後編

<2日目> 鹿野~山陰海岸~養父大屋~養父明延~神子畑

第15回 鳥取・鹿野の町並み
第16回 岩美・網代の町並み
第17回 岩美・田後の町並み
第18回 居組の町並み
第19回 居組駅の木造駅舎
第20回 諸寄駅と周辺散策
第21回 鎧駅の風景
第22回 柴山駅と周辺散策
第23回 香住・一日市の町並み
第24回 養父大屋・筏集落
第25回 養父大屋・大杉集落
第26回 養父大屋・明延集落
第27回(最終回) 神子畑選鉱場の風景

以上、お付き合い頂き有難う御座いました。




2018.5 因美但馬GW旅 第27回(最終回) 神子畑選鉱場の風景
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今回で本旅行記は最終回となります…。

明延鉱山から一円電車が山を抜けて結んでいた神子畑選鉱場へ。
電車は恐らくトンネルで一気に抜けていたので距離は6km弱だったそうですが、
道路は大きく南へ回り道して峠を2つ越えるため、23kmもあります。40分程の道のり。

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神子畑選鉱場
ここ自体、古くは平安時代から開拓されて銀や銅を産出した鉱山だったとのこと。
鉱山としての神子畑は明治末期に衰退しますが、その後大正期に明延鉱山の選鉱場
として復活。大規模な機械選鉱場で、東洋一と謳われたとか。
24時間稼働で夜も煌々と光を放ち、不夜城とも言われたそうです。

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選鉱場の上下を結んだインクライン跡は見所のひとつ。

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在りし日の神子畑選鉱場。
1987年の明延鉱山閉山と同時にこちらも操業を終了。
その後も建物は残っていたそうですが、2004年に解体されたとのこと。

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往時の姿を一目見てみたかったものです。
新居浜の選鉱場も土台しか残ってなかったし、自分の年代からするとこういった鉱山跡は
興味を持った時にはちょうど姿を消すくらいのタイミングなんですよね…。
1980年あたりに閉山して2000年くらいに解体、というパターンが多いような。

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こちらにも一円電車が静態保存されていました。

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選鉱場を目当てにやって来ましたが、すぐ隣に気になる物件を発見…!
これは間違いなく廃校跡ですね…。

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神子畑小学校跡の碑。
1954年に佐嚢小学校神子畑分校として開校、1969年に神子畑小学校となった後、
1972年に閉校。わずか18年間で姿を消した小学校だったそうです。

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残っているのは体育館で、校舎の方は見当たりません。
体育館はほぼ全面が窓になっていて、採光性には優れていたっぽいですね。

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校庭跡には錆びて黒くなったブランコやジャングルジムが残されています。

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短い間でしたが、神子畑選鉱場関係者のお子さんたちを中心に、最盛期には
全校生徒200人程だったとのこと。
今は統合先である約9km下流の山口小学校へ通うことになりますが、そもそもこの辺には
もう民家がほとんどない状態になっているという…。

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再び神子畑選鉱場跡。
もう日没の時間帯ですが、降り続ける雨のせいでずっと薄暗いのでよく分かりません。

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選鉱場の下にあったこの大きな構造物は何に使われたものなんだろうか…。

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…というところでタイムアップ。
ラストは神子畑選鉱場からの帰り道沿いにある神子畑鋳鉄橋で。

下流の生野精錬所への運搬道の途中に架けられた鋳鉄製の橋。
1883年竣工で、1977年に国の重要文化財に、2007年には近代化遺産に指定。

人の姿も皆無な山間に静かに存在し続ける遺構と雨の中しばし対峙して
非日常感を味わうと同時に「この旅も終わりだな…」と思うのでした。

暗くなった帰路は雨が本降りになって高速で前がよく見えないほどの降り方に。
神経を使いながらの運転で最後はかなり疲れましたとさ…。

という訳で、本旅行記はこれにて完結です。
お付き合い頂き、有難う御座いました。。。




2018.5 因美但馬GW旅 第26回 養父大屋・明延集落
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大屋から県道6号線を南下してクネクネ山道を登って行く鉱山住宅が姿を現します。

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かつて錫の産出量日本一を誇った明延鉱山の近くに造成された鉱山住宅。
北星地区に造られたこちらは北星社宅と呼ばれます。

貴重な近代化産業遺産ということで4棟だけ残る長屋住宅は2013~2014年にかけて
塗装直しなどの改修工事が施され、保存されているんだそうです。

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谷間の明延川に沿って細長く集落が続きます。
空家っぽいお宅も多く、シンと静まり返っておりました。。。

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少し進むと、かつて明延鉱山と神子畑選鉱場とを結んだ明神電車が保存された
広場があります。明延の「明」と神子畑の「神」で「明神」ですね。
運賃1円だったことから一円電車の名前が有名になったこともあったようです。

ちょうど脇に人が立っていますが、比べると電車がいかにコンパクトかが分かりますね。
護送車のような雰囲気も感じられます…。

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この車両については2010年に動態保存が開始されましたが枕木の老朽化等の理由で
わずか1年足らずで運行を停止。その後NPO法人の活動により、無事再度復活。

今は4~11月の第一日曜日(+GW・夏休みの追加運行日)に体験乗車ができます。
以前はC型だった軌道はO型に進化してループ走行が可能になったんだとか。

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一円電車のある「あけのべ憩いの家」の駐車場に車を停めたまま更に集落の奥へ。

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明延川に沿って古びた家々が立ち並ぶ光景は印象的。

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集落内にあった神社。和田神社?
鳥居から山の上へと参道が続いていました。

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明延の町並みの中で最もディープだと思われるエリア。
奥に見える大きな斜めの屋根は、川の向こうにあるあけのべ自然学校の全天候型の
運動場(あけのべドーム「森の館」)。

あけのべ自然学校は鉱山閉山後の人口減によって1988年に閉校となった明延小学校を
転用したスポーツ合宿、地域活動団体等を受け入れる集団宿泊施設。

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明延鉱山は採掘し尽くしたからではなく、1985年のプラザ合意で急激な円高となったことで
鉱物の価格が下落した結果、採算が合わなくなったから、とのこと。
まだ採掘可能な鉱脈を残したまま閉山したんだそうです。

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最盛期にはこの山間の集落に5千人弱の人が暮らしていたそうです。
既述の明延小学校も700人近い生徒数がいたとか。
集落の劇場では島倉千代子やフランク永井らが歌を歌っていた、というのは
今の姿からは全く想像ができませんが…。

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何らかの切迫した需要が出て、採り残した鉱脈を復活させる未来はあり得ないでしょうか。
この静まり返った町並みが再び息を吹き返す。それは夢物語かも知れませんが…。

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明延に訪れるのは実はこれが2度目。
最初の訪問は2005年頃で鉱山の遺構をろくに発見できずに退散していましたが、
今回はそれに比べるとまだマシな内容になったかと思います。

ただですが、記事化するのにいろいろ調べたところ、まだ見残しがあったことが判明(涙
うぅ、これは3度目の訪問もある感じになって参りました。

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あけのべ自然学校が管理する探検坑道。
ここは要予約でまだ内部には入ったことはありませんが、当時の姿をよく残した
濃い空間になっているとのこと。次回来る時にはこちらも探検することにします。。。



続く